中国経済新論:実事求是

天の時、地の利、人の和
― コマツに見る対中ビジネスが成功するための条件 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、日本企業が海外事業の拠点として中国を重視する傾向が進んでいる。しかしながら、対中ビジネスにおいて失敗する事例は決して少なくない。ここでは、「天の時」、「地の利」、そして「人の和」を活かし、成功を収めた建設機械メーカーであるコマツの例をもとに、対中ビジネスを成功させるための条件について検討することにしたい(注)

成功のための必要条件の第一は、時宜に恵まれる「天の時」である。現在、中国の建機市場の規模は1998年の25,000台から2002年の68,000台と4年間で約2.7倍というペースで拡大している。特に建機の中でも90%以上を外資が占めている油圧ショベルの伸びが非常に大きいということがコマツにとっては大きな追い風となり、需要は大きな伸びを見せている。また、元々の需要拡大傾向ばかりではなく、中国がWTO加盟と前後して規制緩和の流れにあったことも記しておく必要がある。ここ数年の需要の伸びは中国の商業銀行による消費者ローンが1998年に建機についても認可され、金利自体も諸外国と比べて低いことも要因となっている。これにより、顧客が購入資金を調達しやすくなっただけでなく、売り手も売掛金の回収に際して、銀行だけを相手にすればよいことになり、リスクが大幅に低下した。また、銀行が外資への業務開放をにらんで、シェア拡大を図っていることが、人民元による運転資金を借りやすい状況を作っていることも見逃せない。さらに、輸出入に関する手続が透明化されるなど中国におけるビジネス環境が著しく改善していることも、コマツの業務を後押しする要因となっている。

成功のための第二の条件は、進出する場所の特性を十分に考慮した「地の利」である。コマツは中国における建機業界の特徴として、メーカーもユーザーも今まで国有中心であったことを挙げている。メーカーが国有中心であったため、競争という考え方や品質、コスト、納期といった経営管理が非常に弱いことがコマツのような外資系企業にとってはチャンスとなった。実際、高い技術力を要求される油圧ショベルに関しては国産品では太刀打ちできず、外資系企業7、8社による寡占状態となっている。また、販売の点から見ても、サービスという考え方が浸透しておらず、外資系企業を有利にしている。とくに耐久消費財である建設機械は販売だけではなくアフターサービスも重要な要素であり、単純な価格競争には陥りにくい。

一方、現時点ではコマツが中国で生産を行うことがコストの削減につながっているわけではない。コマツは世界中で全く同じ製品を生産しているが、精密部品など付加価値の高い部品を日本から輸入せざるを得ないこともあり、コストの面からいうと実は日本で生産するより高い。しかし、中国の高い輸入関税と外資に対する各種の優遇策を併せて考えると、完成品を日本から輸出した方が高くつくため、中国で生産を行った方が有利になるのである。

そして成功のための三つ目の条件は、業務を行う人間を最大限に活用するための「人の和」である。人事管理や労務管理の面で日本式を通すことにこだわらなかったのがコマツについて特筆すべき点だといえよう。コマツでは経営企画や本社との関わりを別にすれば、基本的に中国人がメインであり、日本人はサポートに回るという考え方を人事政策で採用している。2002年からは地域本社の総経理は中国人になっており、人事部長も中国人である。また、営業やマーケティングでは中国人が中心となっており、人材の現地化がかなり進んでいる。

人材の現地化を進める上では、まずは幹部となる人材の育成が重要になってくるが、コマツでは育てたいという意識を持って鍛え、候補者には積極的にチャンスを与える。また、人事制度も日本流のやり方とは異なり、仕事のレベルを重視し、職務等級で管理するジョブグレード制を採用し、オープンな人事制度にしている。また、サービス業務を行う人員を養成するためにサービス人材向けの育成制度を設けている。さらに、2003年からは山東大学と提携して技術者の養成を開始した。

企業が海外に進出することは、相手の土俵で戦わなければならないことを意味し、それはハンディを負うことをも意味している。その上でビジネスにおいて勝利を収めるためには、まさにここで挙げた「天の時」「地の利」「人の和」によって、もともとの不利を解消しなければならない。これらの条件が整っていなければ、安易に海外に進出したところで、勝算は見込めないのである。

2004年1月9日掲載

脚注
  • ^ 本文は2003年10月21日に地球産業文化研究所にて行われた、コマツ執行役員である茅田泰三氏の報告に基づいたものである。

2004年1月9日掲載