中国経済新論:実事求是

管理変動制をいかに管理するか
― BBC方式の薦め ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

人民元問題を巡り、米国が中国に対して、ドルペッグから離脱し、変動制に移行することを求めている。これに対して、中国は、「市場経済に即した柔軟な為替制度」を中長期的な目標としながらも、貿易と資本取引の自由化や、銀行を始めとする金融部門の健全化など、その前提条件がまだ整っていないことを理由に、猶予を求めている。完全変動制の実現が短期的には無理である以上、それに向かう長い移行期において、当局の積極的な介入を前提とする管理変動制が採用されることになるであろう。その管理の基準としては、バスケット(Basket)、バンド(Band)、クローリング(Crawling)の三つの要素からなるBBC方式が有力となっている。

まず、「バスケット制」とは、為替レートを、ドルのような単一の通貨ではなく、複数の通貨からなるバスケットにペッグ(連動)させる制度である。貿易相手国との貿易量のウェイトを反映した「実効為替レート」も、一種の通貨バスケットと見なすことができる。それに基づくバスケット制を採ることは、実効為替レートを安定させる政策運営を行うこと意味する。仮に、中国は円とドルからなる通貨バスケットに人民元をペッグするとしよう(図)。このバスケットに占める円のウェイトが高いほど、人民元と円の(ドルに対する)連動性が強く、人民元の対円レートの変動も小さくなる。例えば、円のウェイトが30%である場合、円がドルに対して10%切り上がるとき、中国の当局は元の3%の対ドル上昇で対応する。100%のドルペッグの場合と比べ、中国の輸出競争力の向上が抑えられる。逆に、10%の円安に対して3%の元安で対応することにより、中国の競争力の落ち込みに歯止めがかけられる。その結果、従来のドルペッグ制と比べて、通貨バスケット制では、円ドルレートが変動しても中国の国際競争力の変化は小さくなる。このように、バスケット制の採用は中国経済をドルの他の主要通貨に対する変動の影響から遮断する政策手段として有効である。

次に、「バンド」とは、容認される為替レートの変動幅(例えば、中心相場の+/-5%)のことである。バンド内において為替レートは市場の需給関係に任せられているが、バンドの上限と下限を超える可能性がある時は、当局は介入も辞さない。バンドの幅が広いほど、政府が介入する必要が少なくなり、変動為替制に近づき、それに比例して、金融政策の自由度も広がる。

最後に、「クローリング」とは、為替レートをファンダメンタルズの変化に合わせてペッグの対象通貨(バスケットを含む)に対して調整していくことである。例えば、アジア通貨危機前のインドネシアでは、自国通貨の為替レートが毎年ドルに対して4%ほど下がっていたが、これは、インドネシアのインフレ率がアメリカに比べて4%ほど高かったからである。そのため、インドネシア政府は、購買力平価(PPP)、ひいては競争力を維持するために、このインフレ率の差に比例してルピアを減価させていたのである。これに対して、割安になっている今の人民元の場合、均衡レートとのギャップが解消されるまでは、クローリングダウンよりも、むしろクローリングアップのほうが妥当であろう。

BBCに基づく管理変動制に移行する際には、バンドの幅、バスケットの構成、クローリングのスピードを具体的に決めなければならない。現在、中国が採っている実質上のドルペッグ制は、為替レートの変動幅も、バスケットに占めるドル以外の各通貨のウェイトも、クローリングのスピードものすべてがゼロ%であるというBBC方式の特殊なケースと見なすことができる。これに対して、それぞれの「最適水準」をどう決めればいいのかに関して、専門家の間でも意見が分かれている。誤った選択を行うリスクが存在する以上、これを最小限に抑えるために、これらの比率を段階的に上げていくという漸進的戦略を薦めたい。

図 通貨バスケット制とは
図 通貨バスケット制とは
(注)円ドルレートが変動しても、人民元の通貨バスケットに対する価値が変わらない。(10%円高の時、-7%×30%+3%×70%=0、10%円安の時、7%×30%-3%×70%=0)
(出所)経済産業研究所

2003年12月26日掲載

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