中国経済新論:実事求是

望まれない日中間の通貨安定

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

アジア通貨危機以降、各国が従来のドルペッグから離脱する一方、域内各国間の為替レートを安定させる仕組みを含め、域内金融協力の動きが活発化している。この流れに沿って、中国人民銀行(中央銀行)の戴相竜総裁は、去る三月に訪日した際、通貨バスケット制の導入を検討する方針を明らかにした。しかし、日中の経済構造は競合的というよりも補完的であることを考えれば、通貨統合はもとより、円と人民元間の為替レートの安定は必ずしも両国の経済安定に寄与しない。

通貨バスケットとは、自国通貨を他の主要通貨に対して、それぞれどういう度合いで連動させるかを決めるルールである。通貨バスケット制のもとでは、バスケットにおける円のウェイトが高いほど、人民元は円との連動性が高く、円に対して安定的になる(注)。極端な場合、円のウェイトが100%であれば、人民元が円とともに同じ幅でドルに対して連動し、人民元の対円レートは常に一定であることになる。いうまでもないことだが、円ドルレートが変動する以上、人民元の対円安定を達成するためには、対ドル不安定というコストを払わなければならなくなる。

実際、通貨バスケットにおける円のウェイトをどういう基準で決定すべきであろうか。一般的には貿易(特に輸出)の国別構成を反映すべきだという議論が主流である。例えば、中国の輸出の内、日本向けが全体の20%を占める場合、円のウェイトも20%と設定すべきであることになる。しかし、今日のグローバル化の時代においては、為替の変動による競争力(ひいては生産)の変化は、どこの国に輸出しているかよりも、どこの国の製品と競合しているかにかかっている。従って、経済安定のために通貨バスケットペッグを採用する際には、貿易(輸出)の国別構成ウェイトよりも、相手国との競合度を重視すべきである。こうした基準から、中国が通貨バスケットを導入する際、日本との競合の度合いが低いことを反映して、円のウェイトを低く設定すべきである。

日中間の通貨同盟に至っては、両国にとってまさに有害無益である。通貨同盟においては、加盟国が自国の金融政策を放棄し、全体の金融政策に従わなければならないことを意味する。最適通貨圏の理論によると、独自の金融政策を放棄するコストは同質性の高い(=競合関係にある)国同士による通貨統合ほど低く、逆に同質性の低い(=補完関係にある)国ほど高い。なぜなら、同質性の高い国同士ならば、共通するショックに対して、共通の金融政策で対応することができるが、同質性の低い国同士では、景気の連動性が低いため、無理して通貨統合の相手と同じ金融政策スタンスでマクロ経済を運営すると、余計に景気変動が激しくなるからである。今のところ、日中両国の間では、経済構造における同質性が低く、最適通貨圏の条件をまだ満たしていないことは明らかである。

2002年4月19日掲載

脚注
  • ^ 例えば、円のウェイトが20%としよう。このとき、円がドルに対して1%上昇すれば、人民元も追随してドルに対して上昇するが、上昇幅は0.2%に留まる。これに対して、円のウェイトが80%であれば、人民元の上昇幅は0.8%となる。

2002年4月19日掲載