中国経済新論:実事求是

警戒すべき景気過熱
― 来日した樊綱氏の報告を拝聴して ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国国民経済研究所の樊綱所長が、著書『中国 未完の経済改革』が岩波書店から日本語で出版されることを記念して、12月中旬に来日した(注)。18日に経済産業研究所で行われた、「新しい成長期に入った中国経済」と題した報告では、日本においても関心の高い景気過熱問題に焦点を当てた。樊綱氏は早くもSARSが収まった2003年の年央から中国経済の過熱を警戒すべきだと指摘していた(「経済は過熱しているか」『国際金融報』2003年7月31日付)。その後、中国における第3四半期の経済成長率が9.1%に達し、11月の消費者物価指数が前年比3.0%に上昇したなど、過熱は単なるリスクから現実のものとなった。

今回の過熱の背景となった景気拡大は、投資に牽引されている。2002年秋の党大会を受けた新しい経済政策の実施と各レベルの指導部における人事の刷新は、公共事業の拡大を促しており、WTO加盟後の直接投資の増大も民間の設備投資を押し上げている。これに加えて、都市化の加速や住宅ローンの普及も住宅投資の拡大に拍車をかけている。一方、資金面では、四大国有商業銀行が上場に向け、不良債権比率を減らすことを目指して同比率の分母に当たる貸出を増やそうとしており、これまで投資を制約してきた貸し渋りという現象が解消されている。その結果、1~10月期の固定投資が前年比30%急増しており、その勢いは92年の鄧小平の南巡講話を受けて起こった年の前回のブームを上回っている。

今後の景気見通しに関して、樊綱氏は、8~9%という現在の成長率はおおむねその潜在的レベルに見合っているという認識に立って、ソフトランディングとハードランディングという二つのシナリオを提示している。ソフトランディング・シナリオでは、当局がこれまで採ってきた財政拡大政策を転換する一方、夏以降始まった金融政策の引き締めを一段と強めることにより、投資の伸びが緩やかに鈍化し、成長率がその潜在水準に抑えられる。その結果、インフレ率の上昇は緩やかに留まり、安定成長は2005年にも続くことになる。これに対して、ハードランディング・シナリオでは、引き締め政策が不十分であるがゆえに、2004年には成長率がその潜在水準を大幅に上回るようになるが、2005年には、需要が供給についていけなくなり、過剰設備が発生する。その結果、これまで見られた投資の拡大と成長の加速の好循環が、投資の鈍化と成長の失速という悪循環に取って代わられ、中国経済が再びデフレ局面を迎えるのである。

樊綱氏は、当局の慎重な政策運営を高く評価し、ソフトランディングをメイン・シナリオとしている。中国経済が2004年においても高い成長率を続けることは、好調な対中輸出をテコに売上げと収益を伸ばしている多くの日本企業にとって朗報であるに違いない。しかし一方では、景気拡大の持続性に加え、インフレが加速するリスクも警戒しなければならない。人民元の切り上げと同様、中国における物価の上昇は、中国と競合する一部日本企業にとっては国際競争力の上昇につながるが、中国にアウトソーシングを行っているより多くの日本企業にとってはむしろコストの上昇、ひいては収益低下をもたらす。皮肉にも、これまで「中国発デフレ」を批判してきた日本にとって、中国発インフレは決して手離しで喜べるものではない。

2003年12月22日掲載

脚注
  • ^ 日本滞在中、樊綱氏は、経済産業研究所のほか、経済広報センター、日本華人教授会議、富士通総研が主宰したセミナーでも講演し、多くの参加者に感銘と示唆を与えた。今回の出版と来日を企画した者として、樊綱氏とご協力を頂いた各機関に心からお礼を申し上げたい。
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2003年12月22日掲載