中国経済新論:実事求是

中国経済は過熱しているか
― 慎重派の政策当局Vs楽観派のエコノミスト ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国の経済成長率は、SARSの影響で第2四半期には一時的に落ち込んだものの、第3四半期に9.1%にリバウンドし、第1-3四半期をまとめてみても、8.5%の高成長を記録している(図)。今回の景気上昇局面を牽引しているのは投資である。昨年下半期、投資増加の勢いは加速し始め、今年に入ってSARSが発生したにもかかわらず、1-9月期の固定資本投資の伸びは前年比30.5%に達している。これを背景に、昨年0.8%下落した消費者物価指数は9月には前年同月比プラス1.1%に転じ、上昇傾向が鮮明になってきている。しかし、このような景気状況が経済の過熱そのもの、またはその前兆を意味するのかどうかを巡っては、政策当局と多くのエコノミストの間で意見が分かれている。

まず、中央銀行である中国人民銀行は『第2四半期貨幣政策執行報告』(2003年8月5日付)において、銀行貸付額の増加の裏に潜む危険と不動産・自動車産業など一部の産業における投資過熱を警告した。今年6月のマネーサプライは前年同月比20.8%増の20.5兆元と、1998年以来最高の伸び率を記録している。このような金融部門の動向に対し、同報告は「現在の中国の信用制度はまだ不完全で、銀行システムも健全とはいえず、貸付額の増加が過当競争や製品の在庫増を助長するとともに、不良債権化による新たな金融危機を招く可能性がある」と注意を喚起している。こうした認識に立って、人民銀行はこれまでマネーサプライの急増を抑制すべく公開市場操作を活発に行う一方、金融機関に対しては6月13日に不動産関連融資規制を厳格化する方針(「121号文件」と言われる)を発表し、また、9月21日から商業銀行の預金準備率を6%から7%に引き上げるなど予防的対策を次々と打ち出している。92年の鄧小平の南巡講話を受けて、各地に開発ブームが起こり、これを背景に、93年から95年にかけて中国は三年間連続二桁インフレとそれに伴う経済混乱を経験したが、それに対する反省が今回の素早い対応につながったに違いない。

当局の慎重なスタンスに対して、エコノミストの間には異論を唱える声も多い。景気過熱を否定する人々は、その根拠として、(1)石油など一部の原材料価格は上昇しているが、消費者価格が概ね安定している。(2)豊富な外貨準備をバックに、輸入によって供給を増やし、物価を安定化させることができる。(3)高い失業率や低い設備稼働率から判断して成長率はまだ潜在成長率に達していない。(4)工業化や都市化などによって投資需要が創出されており、自動車、鉄鋼、住宅への投資も実需に支えられている。(5)不動産価格が上昇しているとはいえ、一部の地域に集中しており、全国規模では起こっていない、などを挙げている。(祝宝良、祁京梅、「わが国経済はまだ過熱になっていない」『中国経済時報』2003年9月30日付)。

この対立する景気判断は、中国の潜在成長率の水準と市場経済の成熟度に対する評価の違いを反映している。政策当局をはじめとする慎重派は、多くの構造問題を抱えている中国では、現在の成長がすでにその潜在水準を超えていると考えている。また中国における市場経済が未熟な段階に留まっているため、政府の影響が強く、公共投資のみならず国有企業の投資も合理性に欠けており、需要予測の甘さも加わって、投資効率の低下が懸念されている。これに対して楽観派は、構造改革の進展により中国の潜在成長率が高まっているため、投資が増えても需要が供給を上回ることはないという状況を想定している。また、市場メカニズムが浸透してきたことを反映して、企業が自己責任に基づいて投資を行うようになったため、前回のような過熱状態は起こりにくいと考えている。しかし、中国の市場経済はまだ発展途上であることは明らかであり、また成熟した市場経済である米国や日本においてさえバブルの形成と崩壊が繰り返されていることを考えれば、油断は禁物である。希望的観測を込めたエコノミストたちの楽観論より、混乱を未然に防ぐことを目指す当局の慎重な姿勢を評価したい。

図 中国における景気循環
図 中国における景気循環
(出所)『中国統計年鑑』

2003年10月24日掲載

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