中国経済新論:中国の経済改革

警戒すべき投資ブーム:懸念される経済効率の悪化

余永定
中国社会科学院 世界経済政治研究所所長

1948年、南京市生まれ。79年中国社会科学院世界経済研究所において、西洋経済学を専攻、86年経済学修士学位を取得。88年からイギリスに留学、94年オックスフォード大学より博士学位が授与される。その後、帰国し、96年から中国社会科学院世界経済政治研究所国際金融センター主任、1998年より同世界経済政治研究所所長を務める。世界金融、中国の経済成長及び中国のマクロ経済論を専攻する。"Macroeconomic Analysis and the Design of Stabilization Policy in China"など、論文、著書も多数発表している。

2003年になってから、中国のマクロ経済には二つの大きな特徴が見られている。金融機関の貸出残高と通貨供給量が急激に増大し、固定資産投資も驚異的なスピードで拡大している。この投資の増加スピードの異様さは、中国経済が過熱し始めている兆候であるかもしれない。しかし、最終的に経済の過熱をインフレの発生と定義するならば、現在の時点では、中国経済全体が過熱しているかどうかは、まだ断言できない。

一、銀行貸出と通貨供給量の異常な増大

2003年前半、中国の預金残高、M2、M1とM0の成長率はそれぞれ、22.9%、20.8%、20.2%および12.3%の増大を見せた。金融機関の貸出残高の伸び率は2001年の11.6%、2002年の15.4%から、2003年の第一四半期には19.9%、第二四半期には22.9%まで上昇した。

なぜ、従来の銀行の貸し渋り現象が、現在の貸出の異常な拡大にまで変化したのか。それには以下のようないくつかの原因が考えられる。

(1)90年代後半の経済調整を経て、企業の経営状況が改善され、銀行貸出のリスクが少し減少した上、銀行自身が抱えている不良債権処理も進展し、銀行が貸し出しを拡大するインセンティブが市場で与えられたことである。

(2)この春の人民代表大会と政治協商会議の開催と新しい政府指導部の誕生を受けて、各政府レベルが努力姿勢を一層強めたことである。多くの地方政府、特に省レベルの地方政府は、中央銀行の地方支店と商業銀行に対して影響を与え、外部から銀行貸出を促進している。一方、金融システム改革、すなわち中央銀行の独立性、銀行の商業化についてはさらなる改革の深化が必要であるが、一方で銀行システム内部、とりわけ各レベルの商業銀行には、貸出を増やすことによって経済成長に貢献しようとする政治的意図が込められていた。

(3)銀行改革の成果による貸出の増大である。上場を果たすために、商業銀行は不良債権比率に関する規準を満たさなければならない。特にWTO加盟後、外国銀行との競争に対応するため、各商業銀行はできるだけ不良資産比率を下げようとする意欲を強めた。各商業銀行は貸出を増やすことで、不良債権比率の「分母」を拡大する「近道」を通って、不良債権比率を下げようとしている。

通貨供給量の異常な増大は、まずは商業銀行貸出の異常な増大を反映したものである。そして、中央銀行が行った外貨準備の急激な増加に対する不胎化政策が不十分であったことが通貨供給の増大に拍車をかけた。銀行預金の増加は他の投資ルートが欠けていることに関連するが、一方で銀行ができる限り貸出を増やすことによって、営業利益の改善を迫られているという現状の結果でもある。

二、固定資産投資:異常な増加

2003年になってから、中国における固定資産投資が驚くほどのスピードで増加している。固定資産投資は、2001年の13.7%、2002年の16.1%から2003年第1四半期には31.6%、第2四半期には32.8%まで急増した。2003年上半期の国有、集体、個人および外資企業の投資はそれぞれ、32.8%、17.8%、14.1%および34.3%伸びている。業種別に見ると、建設業による投資の伸びが他の業種をはるかに上回っている。このような投資の拡大は、明らかに異常であり、しかもバランスを欠いている。

こうした異常な投資拡大の背景として、次のような要因が考えられる。

まず、デフレ時期の構造調整によって企業の経営状況が改善され、収益の見通しが改善したことで企業の投資意欲が増大された。

また、過去数年間に実行された積極的マクロ経済政策は確実に成果をもたらした。積極的財政政策の結果、公共投資の増加(ただし、投資全体の増分のうち、国家予算から拠出される投資額の増分が占める割合は明らかに減少している)をもたらし、さらに一般企業の投資を誘発した。また金融緩和によって、企業の投資意欲が喚起され、企業による投資額は実際に増加した。

一部の地方政府は、地元経済の発展を加速させるために、色々な形で、投資ブーム(経済効果の見込めない箱モノ建設、闇雲に展開された「開発区」、「土地の囲い込み」運動など、行政手段を駆使した財務および便益のいずれの観点からも効果の疑わしいプロジェクト)を直接的あるいは間接的に作り出している。政府投資が主導する投資ブームの中、経営状況が必ずしも良いわけでもなく、利潤の獲得が殆どできていないにもかかわらず、一部の企業は依然として投資を拡大しつづけている。

一部の企業(例えば家電や自動車産業内の多くの企業)は、自らの業界ではすでに、あるいは今後生産過剰になることを知りながら、市場シェアの獲得を通じて悪性競争を最終的に勝ちぬくために、さらに投資を増加し、生産能力を拡大しているのである。

外資も中国市場を獲得するために、中国における投資を拡大している。例えば、アメリカの自動車製造業の過剰生産能力は約20%で、ヨーロッパと日本もほぼ同じである。従って、中国市場を獲得できるかどうかは、こうした外国自動車の大手メーカーにとって生き残りをかけた最重要課題となっている。

三、過熱を防ぐためのマクロ政策

貸出と通貨供給の異常な増加、さらに急速な投資拡大のいずれもが経済の過熱化をもたらしかねない危険性を帯びている。しかし現在、中国経済全体が過熱状態に陥ったと断定するのは時期尚早である。その理由として、中国の主要な価格指数の上昇率が依然、低いレベルに止まっていることが挙げられる。上半期の小売価格指数は依然としてマイナスであると同時に、資産価格も異常な上昇が起こったとまでは言いがたい状況である。もちろん、不動産市場では確かに少し過熱状態が見られたが、中央銀行はすでに必要な措置を行った。最後に、世界規模で見られるデフレ情勢の下で、貿易依存度と自由化の程度が高い中国は、自国だけでインフレを維持することは難しい。もちろん、石油価格の上昇あるいは中国がまとめて一次産品(例えば、食糧)を大量に購入することによって、価格水準が一時的に上昇する可能性を排除することはできない。

現在の投資ブームが深刻なインフレを再び招くことがなくとも、それによってもたらされる生産能力の拡大は必ずしもこれからの有効需要の増加につながるとは限らない。投資が過熱した結果、今後企業の業績と経済構造の悪化が再び訪れるかもしれない。そして生産過剰がデフレの悪化を導きかねない。われわれは投資ブームの危険性を意識すると同時に、デフレの長期性と複雑性を充分認識する必要がある。中国経済がデフレから脱しつつある今、経済に急ブレーキをかけることは避けなくてはならない。短期的に見ると、失業問題を緩和することは、引き続き経済政策における最も重要な課題である。

従って、中央銀行はある程度の金融引締政策を行い、商業銀行が貸出の増加を抑えるように誘導し、貸出のポートフォリオの改善を図るべきである。中央政府は、行政手段を含む多くの措置を採用し、地方政府が政治的な業績を追求するために、開発や投資を闇雲に行うことを断固として阻止すべきである。一方、積極的な財政政策という基本路線を変える必要はないにしても、効率性を重視した政策を用いること、すなわち、財政手段によって、経済構造と収入配分の改善という目的の達成を目指すべきである。

2003年の3月初め、指導部は中国経済の大局を冷静に観察し、政策の安定化と適切な調整が必要であることを表明している。積極的な財政政策を行うと同時に、構造改革を着実に進め、効率の向上を図るべきだとするこうした方針は、正鵠を射ていたといえるだろう。SARSの蔓延以降の情況から判断すると、われわれのマクロ経済政策の重点を過熱化の防止に徐々にシフトさせるべきである。

2003年10月7日掲載

出所

中国証券報
※和訳の掲載にあたり著者の許可を頂いている。

2003年10月7日掲載

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