中国経済新論:世界の中の中国

アジアにおける金融協力
― その問題点と今後の展望 ―

余永定
中国社会科学院世界経済・政治研究所

1948年、南京市生まれ。79年中国社会科学院世界経済研究所において、西洋経済学を専攻、86年経済学修士学位を取得。88年からイギリスに留学、94年オックスフォード大学より博士学位が授与される。その後、帰国し、96年から中国社会科学院世界経済政治研究所国際金融センター主任、1998年より同世界経済政治研究所所長を務める。世界金融、中国の経済成長及び中国のマクロ経済論を専攻する。"Macroeconomic Analysis and the Design of Stabilization Policy in China"など、論文、著書も多数発表している。

何帆
中国社会科学院世界経済・政治研究所

1971年、河南省生まれ。1993年海南大学経済学院を卒業。1996年、2000年に中国社会科学院大学院より国際経済学修士と博士学位を取得。1998年から2000年までの間、ハーバード大学経済学部に客座研究員として留学。現在、中国社会科学院世界経済・政治研究所において、当研究所が発行している専門誌「世界経済」の編集を務める。国際金融、国際政治経済学及び制度変遷理論などの領域において、研究活動を展開している。

アジア金融協力が直面する困難と解決すべき問題

EUと比べ、アジア金融協力の実現には、さまざまな問題が存在している。ヨーロッパ通貨協力は数十年の歴史を持っており、ヨーロッパ連合の源はヨーロッパの文化、宗教及び政治伝統に遡ることができる。このような伝統はいまだにアジアに見られない。政治要因に加え、現在アジア金融協力が直面している困難は主に以下のいくつかの要因によるものである。

1.歴史、文化、政治経済制度および国際政治経済関係における相違と利益衝突がもたらした相互不信は、アジア金融協力に実質的な進展がなかなか見られない根本的な原因である。

アジア地域協力の歴史は1967年ASEANの成立に遡る。政治及び地域安全保障はASEANの最初の目的であった。20世紀80年代以降、東アジア経済における相互依存が深化するにつれ、アジア地域協力は経済協力へと発展した。1989年にAPECが実現され、1992年にASEANは地域内自由貿易協定を提唱した。アジア地域協力は、インフォーマル性とコンセンサス重視という2つの典型的な特徴を持っている。これに対して、西側諸国の多角協議及び国際協力が従う原則はこれとまったく逆である。当事者はお互いの立場における分岐を強調し、フォーマルな制度の制定によって、利益の妥協及び協力の実現を確保しようとしている。

インフォーマル性とコンセンサス重視の達成を強調する「アジア伝統」は地域通貨協力にとって適切ではない。地域通貨協力は各国にとって、金融政策、そしてその他の国内経済政策の自主権をある程度犠牲にしなければならないことを意味する。現在、東アジア経済が直面している最も重要な問題は、いかに金融危機から蘇り、そして危機の再発を防止するかであるのに、これまでASEANとAPECはこの分野で何も成果を挙げていない。

2.アジア各国における経済制度、経済発展の水準及び経済構造における巨大な差異は、アジア通貨協力の大きな妨げとなっている。

最適通貨圏の理論によると、地域通貨協力の基礎をなすのは、経済制度、経済発展の水準、経済構造の類似性、そして生産要素の自由流動である。そうでなければ、域内通貨がお互いに固定レートを維持しながら、域外通貨に対して連動することは、貿易政策、マクロ経済政策、為替レート政策に各種の矛盾をもたらし、協力が失敗に終わる恐れがある。

現在、アジア各国の現状は最適通貨圏を形成する可能性を大きく妨げている。(1)アジア諸国の経済発展の水準は大きく異なっている。日本を除いて、(一人当りGDPで見た)地域内各国の経済発展水準は発展途上国の水準に相当する。日本は第一グループ、アジア四小龍(香港、韓国、台湾、シンガポール)は第二グループ、中国とアジア四小虎(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン)は第三グループ、そして、残った国々―ベトナム、カンボジア、ラオスなどは第四グループである。各グループの間には大きな格差が存在している。(2)アジア諸国と地域の間における生産要素の流動性は非常に低く、制限も多く存在している。その中で、労働力の流動性は特に厳格に制限されており、最も流動性の高い資本も一定の制限を受けている。金融危機以降、このような制限はより一層強化されたものと見られる。(3)東アジア金融市場の一体化の程度は比較的低い。国際化が高い香港を除けば、アジアの金融市場はほとんど自国範囲以内に留まっている。アジアにおける国際債券市場は未発達で、金融一体化の程度が低く、国内の長期債券市場の発展も停滞している。

3.アジア金融協力には「率先するリーダー」が欠けている

ヨーロッパ通貨統合が成功した背景には、経済が強大で安定しているドイツとその通貨であるマルクがあった。日本の貿易と金融実力の増加とアジア地域経済の一体化の発展に伴い、日本の対外貿易及び金融取引における地位は急激に高まっている。日本はアメリカの代わりに徐々に東アジア経済貿易及び金融活動の核となる主導的存在になりつつある。しかし、円の国際化の程度は決して高くない。ドルに匹敵することができないだけではなく、ユーロに移行する前のマルクにも及ばない。現在、国際貿易及び金融取引における円のウェイトは低く、また、日本経済の低迷及び円の不安定性は一向に改善されそうもない。従って、アジア金融協力には「率先するリーダー」が欠けているのである。

アジア金融協力発展の見通し

アジア諸国にとって、「いかに危機の再発を防ぐか」は、現在最も重要な問題である。このため、緊急な支援体制の形成及び窮乏化的な通貨切り下げの防止は東アジア諸国にとって、特に重要である。21世紀の最初の十数年の間に、東アジア地域の金融協力は主に以下の2つの方向に展開される可能性が高い。

1.東アジア諸国間における緊急な支援体制の形成

ある東アジアの国家が、国際収支困難に陥る、あるいは金融危機の危険に立たされる時、その他の国々はそれに対する緊急な支援をし、当事国の流動性の困難を減少させ、危機の再発を防止し、あるいは危機の拡散と拡大を防ぐことができる。

「チェンマイ・イニシアティブ」はこの方面において踏み出した重要な一歩である。すなわち、東アジア十カ国はこれまでASEAN各国間に結ばれたスワップ協定をベースに、二国間のスワップとレポ協定の体系を形成させるのである。一部の東アジア諸国の間では、両国間協定がすでに結ばれ、あるいは交渉の真最中である。アジア金融危機が示したように、巨額の国際投機資本の衝撃を受ける際、どんな東アジアの国も単独で自国通貨を安定維持させることはできない。現在、東アジア地域は一兆ドルを越える外貨準備高を持っている。もし協力することができれば、国際投機者に対抗する力は大きく増強されるだろう。論議を重ね、お互いに対する信頼度を向上させることによって、東アジア国家の緊急な支援制度に対する協力がより一層強化されるものとなろう。

2.為替レートの地域的枠組み

東アジア地域の為替制度は金融危機を境に大きく変わった。危機の発生と危機後の経済の復活を巡って、地域的な為替レート管理は次第に討論の焦点の1つとなった。

アジア金融危機前、東アジア諸国の通貨はドルに連動していた。これは国内の価格水準に名目の錨(nominal anchor)を提供することを目的としたものである。アジア金融危機の勃発はある程度、ドルに連動する為替レート制度の失敗を証明した。東アジア為替制度の選択には主に両派の視点が存在している。

すなわち、東アジア国家と経済における為替制度には、東アジア地域の為替レートの安定を維持し、経済協力と発展を促進するために必要な2つの可能性が存在している。ドル本位制を復活させるか、それとも通貨バスケットと連動する管理変動制を実施し、徐々に円のウェイトを上昇させるかである。

スタンフォード大学のマッキノン教授は、アジア金融危機以降、アジア各国と地域は正式あるいは非正式にドル連動制に戻ったと指摘している。なぜなら、他の発展途上国と同様に、東アジア諸国にも「為替変動の恐怖」(fear of floating)が存在しているからである。すなわち、こういった諸国は、資本移動と輸出に悪影響を与えることを考慮し、本国通貨の切り上げに反対するが、逆にドル建て債務の増加を恐れ、本国通貨の切り下げにも反対する。マッキノンは、緊密な貿易相手国の間における共通通貨本位制は不対称性のショックをよく緩和するため、変動為替制より制度的に優れていると指摘した。また、ドルを名目の錨にすることで貿易相手国の間での切り下げ競争を防ぎ、為替安定の維持に有利であるという。

マッキノンのこうした考えに対して、経済産業研究所の関志雄上席研究員は異議を申し立てた。彼はドル連動制がさまざまな内在する欠点を持ち、きわめて脆弱であることを指摘している。すなわち、円・ドルレートの変動が東アジア諸国のマクロ経済の不安定をもたらし、特に円安の時、東アジア諸国の輸出と経済成長は非常に消極的な影響を受けることとなる。経済安定のために、彼は円ウェイトの高い通貨バスケットに為替レートを連動させる管理変動制の実施を主張している。

短期的に、ドルに連動する為替政策がより効果的な政策であることは間違いないだろう。しかし、長期的な観点から、ドル連動の為替政策は、東アジア諸国の経済協力及び経済の一体化の進展にとって、不利である。東アジア地域における経済の一体化を推進するために、東アジア地域において、西ヨーロッパのERMに類似する為替体制は一種の理想的な選択であろう。

2002年4月10日掲載

2002年4月10日掲載

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