中国経済新論:実事求是

「SARSが日本のGDPを押し上げた」という誤解を正す
― 景気の回復傾向を素直に認めよ ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

先日発表された日本のGDP(国内総生産)統計によると、第2四半期の実質経済成長率は前期比年率2.3%に達した。対象となった期間は、ちょうどSARSが中国をはじめアジア各国で猛威を振るっており、その日本経済への影響が心配されていた頃に当たるだけに、今回の数字はやや意外な結果となった。この点について、一部の報道(例えば、8月13日付けの日本経済新聞)では、統計の癖によるバイアスを反映していると説明されている。すなわち、SARSの流行で、日本から海外旅行に出かける人が減り、これは計算上、サービスの輸入減になり、輸出から輸入を指し引いて算出する外需を大きくする要因になるという。しかし、この認識は、GDP統計に関する誤解に基づくもので、景気の実勢を判断するには、有害無益であると言わざるを得ない。

GDPは文字通り国内における総生産を計る指標であり、需要側から考えると、

GDP = 民間消費 + 民間投資 + 政府支出 +(輸出 - 輸入)

によって計算される。その中で、民間消費や民間投資、政府支出、そして(財とサービス)の輸出といった需要項目の中には、海外の生産分(すなわち、財とサービスの輸入)が含まれているため、GDPを計算する際に、その分を総支出の中から引かなければならないのである。この式に沿ってSARSの影響をサービス輸入の減少という側面に限って考えると、確かにGDPにはプラスであるが、これはあくまでも影響の一部にすぎず、他の支出項目への影響をも合わせて考えなければならない。

まず、海外旅行が減った分だけ、他に支出を回さなければ、消費もそれに合わせる形で減ることを忘れてはいけない。例えば、海外旅行への支出が10万円減れば、消費も10万円減るため、それぞれのGDPへの影響はちょうど相殺し合うことになる。このように、海外旅行の直接的影響を受けるのは、国内の生産ではなく、あくまでも海外の生産であり、概念的にはGDPに対しては中立である。もっとも、海外旅行といっても、国内の旅行代理店に手配してもらったり、日本の航空会社を利用したりするため、実際には国内生産に対する需要も一部減ることになる。これを反映して、消費全体の落ち込みは、サービス輸入の落ち込みより大きく、全体的に見ると、GDPが押し下げられることになる。

確かに、海外旅行を中止する人の中には、国内旅行に切り替えた人もいるだろう。しかし、SARSの影響を一番受けたと考えられる今年のゴールデンウィークにおける旅行動向を見ると、国内旅行による消費額は前年よりむしろ減少しており、海外旅行が完全に代替されたとは言いがたい。さらに、アジアのみならず、その時期に欧米から日本への渡航者も大幅に減ったことを反映して、国内の旅行業が、大きな打撃を受けたことは変わらない。実際、SARSの影響を受けて、国内ホテルの稼働率が軒並み落ち込み、航空会社も赤字経営を強いられている。

このように、SARSの影響で日本のGDPが増えたとは考えにくく、今回のGDP統計も、SARSの影響を比較的正確に捉えていると思われる。日本経済がSARSのマイナスの影響を受けながらも、第2四半期に年率2.3%でGDPが拡大したとすれば、SARSが収まった今は、もっと高い成長率が期待できるかもしれない。実際、実質経済成長率はすでに6四半期連続でプラスの伸びを記録しており、また株価も5月以降上昇傾向に転じたことから、長期にわたって低迷してきた日本経済にも、ようやく明るい見通しが見え始めてきたと言えよう。しかし、景気の実態が実はGDPなど各種の統計に示されるほど改善していないと主張する世論を見ても分かるように、景気回復が、国民の自信回復につながるまでには、もう少し時間がかかりそうである。

2003年8月18日掲載

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