中国を中心にSARSが猛威を振るっている。これを受けて、中国の景気が冷え込み、また一部の工場が生産停止に追い込まれることになれば、その影響は、同国との相互依存関係が深まっている日本をはじめとするアジア諸国にも及んでくるだろう。日本やNIEsのように中国と補完関係にある国々はマイナスの影響が大きいが、中国と競合するASEAN諸国では、逆にプラスの影響も期待できる。
中国での減産が日本での増産で補われることになれば、日本の景気を支えることになるが、日中両国の製品があまり競合していないことを考えれば、その効果が限られるだろう(需要曲線が右へシフトするが、その幅が小さい)。これに対してSARSの影響で、中国経済が減速すれば、日本の対中輸出も鈍化せざるを得ないであろう(需要曲線が大きく左へシフトする)。日本の対中輸出は機械や部品といった生産財が中心になっており、需要側の影響もこれらの業種に集中するだろう。需要側のこの二つの影響を合わせて考えると、日本の生産の低下が避けられない。観光と航空といったサービス部門においても、一部の海外旅行が国内旅行にシフトしているものの、全体的に日中間の人の往来が急減したことによる打撃が大きい。
その上、供給側の要因も日本の生産には不利に働くであろう。中国と日本の間では、家電やパソコンなどモジュール化が進んでいる業種を中心に、多くの産業において工程間の分業体制ができている。中国から特注の部品の供給が途絶する場合、投入と産出の連関を通じて、その波及効果は広範囲に及ぶだろう。中国製のほかに代替品が存在する場合においても、供給不足が生じれば、その価格が上昇するだろう。日本企業にとって、これは生産コストの上昇を意味し、生産を抑える要因となる(供給曲線が大きく左へシフトする)。
需要と供給の要因が共にマイナスに働くという結論は、日本と同じように中国と補完関係にあるNIEsの国々にも当てはまる。ただし、香港や、台湾、シンガポールの場合、SARSの蔓延による直接的な影響を受けているため、日本より状況が深刻であることは言うまでもない。
これに対して、ASEAN諸国の場合、中国との産業構造が類似しており、中国と競合関係にある。需要面では対中輸出依存度が低いため、中国経済の減速を受けて対中輸出が鈍化しても、輸出(ひいては経済)全体への影響は相対的に小さい(需要曲線が左へシフトするが、その幅が小さい)。逆にASEAN諸国は中国に代わって多国籍企業の受注先として注目されるであろう(需要曲線が大きく右へシフトする)。一方、供給の面では、中国の部品などの中間投入への依存度が低く、影響が限定的であろう(供給曲線が左へシフトするが、その幅が小さい)。これらの効果を合わせて考えると、ASEANの生産は縮小するところか、むしろ拡大する可能性もある。
ASEANと中国が競合関係にあることは、両国が製品の受注先としてだけでなく、直接投資の受け皿としても代替関係にあることを意味する。近年、日本の対中投資が盛り上がりを見せているが、今回の事件により、多くの企業が対中投資戦略を見直すことになろう。実際、リスクの分散という観点から、海外投資の大半を中国に集中すべきではないという考え方は、日系企業の間では前から存在していた。SARSの蔓延という形で、リスクが具体的に現れてきたことを契機に、これまで見られた直接投資のASEANから中国へのシフトには歯止めがかかるだろう。
1997-98年に起こったアジア金融危機と同様、今回のSARSの影響も、発生国に留まらず、周辺の国と地域に及んでいる。これは、それだけアジア各国間がヒト、モノ、カネによって緊密に結ばれている証拠であると同時に、地域の安定と繁栄のために、疫病の蔓延防止はもとより、貿易や金融、通貨面を含めて、各国間の経済協力の必要性を改めて痛感させられるエピソードでもある。
a) 日本
2003年5月7日掲載