中国経済新論:実事求是

マイカーブームを支えるもの
― 所得の上昇よりも富の偏在 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、WTO加盟をきっかけに、自動車に対する輸入関税が大幅に引き下げられ、外国の自動車メーカーも対中投資を大幅に増やしていることも加わり、マイカーブームが起こっている。値段の低下も手伝って、今年の上半期には、乗用車の販売台数が前年比82%増の84万台に達した。さらに、従来の乗用車に対する需要の中心は官庁と企業の公用車であったが、これも個人へと移りつつある。しかし、値段が下がっているとはいえ、庶民にとってマイカーがまだ高嶺の花であることは変わらない。例えば、ホンダアコードは中国人の平均年収の20数年分に当たる25万元(約400万円)で販売されている。それでも、注文してから納車まで10カ月もかかるほど生産が需要についていけないのが現状である。一体この購買力の源は何であろうか。

一般論で見れば、国民の購買力は、所得に比例して上昇する。確かに、改革開放以来、高成長を背景に国民の収入が大幅に上昇した。一人当たりGDPが改革開放当初の200ドル前後から現在は1000ドルまで上昇している。その上、中国の物価は先進国と比べ、ずっと安いため、同じ1000ドルでも、実際の購買力がもっと高い。しかし、中国で安いのは、あくまでもサービスなど非貿易財であり、工業製品に関しては、輸入関税などを反映して、むしろ国際価格を上回る場合が多い。自動車の場合、中国製のホンダアコードの値段は日本の国内価格より6割も高く、決して安いから売れているわけではない。

一方、売れ行き好調な自動車と対照的に、消費は全体に盛り上がりを欠いている。このような消費パターンは、所得の上昇よりも、その偏在を反映している。そもそも20数年分の収入を使って車を買う人はいないだろう。自動車の購入の大半はローンを組まない現金取引であることからも分かるように、その買い手は、あくまでも人口の非常に小さい割合しか占めていない富裕層に限られている。もっとも、中国の人口が13億人にも上り、その1%だけで、1300万人に上る計算となることを考えれば、メーカーにとって、中国が非常に潜在力の高い市場であることは変わらない。

中国国家統計局が2002年に行った『都市家庭財産調査』は、まさにこのような自動車保有の実態を明らかにしている。それによると、平均で見て、100世帯当たりのマイカー所有量はわずか3台に留まっているのに、年収8万元から10万元の世帯では38台、10万元以上の世帯では65台にも上っている。同調査では、「株式制企業の責任者」と「私営企業の経営者」(それぞれサンプルの0.6%と1.2%)が、この富裕層の中心を占めていることを示している。「株式制企業の責任者」には、近年、実質上進んでいる国有企業の民営化の過程において一夜で財産を築いた政府と企業の幹部たちが大勢含まれている。これを反映して都市住民間の不平等の度合いを表すジニ係数も、所得で計った場合(0.32)と比べて、財産で計った場合(0.51)の方が遥かに高い。こうしたことから、マイカーの購入者の中には、高額所得者以上に、成金ともいうべき資産家が多いと容易に推測できる。

多くの人々にとって、購入の目的は、運転による便利さなど車そのものの効用より、社会における自分の地位を誇示するためであろう。これは、アメリカの経済学者ヴェブレンが『有閑階級の理論』(1899年初版)という著書に示した「顕示的消費」に当たる。所得と富の分配の二極分化が進む中で起こったこのマイカーブームは、中国経済の繁栄よりも、むしろその歪みを示しているものだと理解すべきである。

2003年8月8日掲載

関連記事

2003年8月8日掲載