中国経済新論:実事求是

青島の別荘ブームの光と影

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

青島は昔から、中国のスイスと呼ばれるほど美しい町で、観光地として有名である。近年改革開放の恩恵を受けて、外国からの直接投資が急増する一方、ハイアールや青島ビールなど中国を代表する企業も多く輩出している。このように、青島は生産と消費の両面において魅力的な町になっている。

青島の空港から町に入ると、海岸線に沿って立ち並ぶ三階建てのタウンハウスがまず目につく。町の中心部にある市役所の辺りまで延々とこのような風景が続いていることから判断して、その数は、万まで行かなくても、数千棟はくだらないであろう。しかも、多くの新築の工事がまだ進行中であり、建設ブームは留まるところを知らない。この現象は、一見この町の繁栄を象徴しているかに見えるが、現地の方に色々とその内情を聞いてみると、中国のバブル経済の影が浮かんでくる。

まず、これらのタウンハウスは住宅用ではなく、別荘として売り出されているのである。実際、夜になると、この地域は真っ暗になり、人影はほとんどなく、ゴースト・タウンになっていると言っても過言ではない。需要が供給についていけず、売れ残っているのではないかと思ったが、ほとんど完売したそうである。別荘といっても、ほとんどのオーナーは、実際に自分たちが泊まることはなく、借り手を募集している。購入の動機は値上がりを見込んだものであることは明らかである。2008年のオリンピックが北京で開催されることになっているが、ヨットの試合は青島で行われる予定である。これが一つの投資テーマとなって、多くの資金が青島に流れ込むのである。

人気リゾート地だけにこれらの別荘は高価なものである。場所によっては、一平米当たり一万元(約15万円)の値段がついている。平均面積が200平米として計算すると、一棟当たり200万元(3000万円)になる。こうした別荘の買い手は、台湾や国内の金持ちの企業家もいるが、西部を含めて他の地方・党委(県レベルが多い)の幹部が多いそうである。企業家はともかく、年収1万数千元(20万円)前後の地方幹部がその150年分相当の大金を持っていることは一見不思議である。しかし、彼らは様々な許認可権と民営化を含めて国有企業の資産を処分する権限を握っていることを考えれば、その謎は簡単に解けるだろう。

青島の繁栄と内陸農村部の惨状を対比すると、中国における富の集中が急速に進行していることが伺われる。その上、西部大開発のために必要とされる莫大な資金が、このような形で沿海地域に流出してしまうことを考えると、地域格差問題の是正について、悲観的にならざるを得ない。多くの発展途上国では不正資金が大量に海外に流出してしまったことに比べ、中国の場合、せめてぎりぎり海岸線に留まっていることは慰めになるのであろうか。

青島で起こっている別荘ブームについて、現地ではバブルと理解する人はほとんどいない。別荘に対する「実需」が存在している上に、購入資金を銀行融資に頼らないため仮に価格が下がっても不良債権にならないことがその理由である。しかし、投資の収益率が非常に低く、貴重な資源が有効に利用されていないという点ではバブルと何ら変わらない。80年代後半の日本や90年代後半のアメリカの経験からも分かるように、バブルは、はじけて初めてその存在が認められるものである。残念ながら、人々は自分の経験から学ぶことがあっても、他人の経験から学ぶことは苦手である。中国が日本と米国の轍を踏まないことを祈りたい。

2002年10月4日掲載

2002年10月4日掲載