中国経済新論:実事求是

工業化が進む中国・脱工業化を目指すべき日本

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、中国は工業化の加速を背景に、世界の工場としてもてはやされるようになった。その証拠の一つとして、中国の製造業のGDPに占める割合が、35%と高い水準に達していることが挙げられる。実際、多くの日本人は、今や中国の産業構造が先進国型に近づいていると思い込んでいる。しかし、高所得国の産業の中心がサービス産業へとシフトする中で、大きな製造業部門を抱える中国の産業構造は、「先進国型」というよりむしろ典型的な「新興工業国型」というべきである。

一般的に、所得水準の上昇に伴い、需要が食料品から工業製品へ、さらにサービスへとシフトしていくことを反映して、産業構造は第1次産業から第2次産業へ、さらに第3次産業へとウェイトが移っていくことが知られている(ペティ・クラークの法則)。製造業に焦点を当てると、経済全体に占めるそのシェアは、経済発展の初期段階では上昇するが、先進国の水準に近づいてくると逆に低下する現象が多くの国の経験から観測されている。労働力をはじめとする生産要素の工業部門からサービス部門への移転に加え、工業製品のサービスに対する相対価格の低下もこうした変化に寄与している。

ここで、経済発展と産業構造の間におけるこの関係を、クロス・セクションと時系列の両面から確認してみよう。

まず、世界銀行のWorld Development Indicatorsが網羅する83カ国の直近のデータをベースに、各国の製造業における付加価値の対GDP比を、各国の発展段階を表す一人当たりGDPに対してプロットすると、放物線状の回帰線を描くことができる(図1)。具体的には、4500ドル前後の一人当たりGDPを境として、製造業のシェアが下がっていく傾向が見られる。確かに、その中で、中国はほぼ同じ所得水準にある他の国と比べても製造業の付加価値の対GDP比は高くなっているが、これは他のアジア諸国にも共通する現象であり、「アジアの奇跡」の一つの特徴でもある。日本においても、高度成長期の末期に当たる70年代の初めには現在の中国とほぼ同じ高水準に達したのである。

一方、個別の国における時系列の推移を見ても、近年、日本と米国をはじめとする主要先進国において、製造業の付加価値のGDPに対する比率が軒並み20%台前半まで低下している(図2)。他のアジアの主要国においても、同比率は、所得水準が依然として低く、発展の初期段階にあるASEAN諸国で上昇しているが、所得水準がすでにOECD諸国の水準にまで達しているNIEsでは低下傾向に転じている。

このように、脱工業化は先進国に共通する現象であり、「先進国=工業国」という世の中の常識はもはや世界経済の実態を反映していない。日本は戦後50年間、製造業に力を入れて経済大国にまで発展した経緯から、国民がモノ作りに対して強い愛着を持っていることは理解できるが、残念ながらこの成功体験は、更なる産業の高度化の妨げになっているように思われる。日本は工業基盤が中国に侵食されるということよりも、他の先進国よりサービス化の進展が遅れていることを心配すべきである。先進国の地位を維持するためにも脱工業化をお薦めする。

図1 製造業付加価値の対GDP比率(2000年)
図1 製造業付加価値の対GDP比率
(出所)World Bank, World Development Indicators 2002より作成
図2 製造業付加価値の対GDP比率の推移(1960~99年)
図2 製造業付加価値の対GDP比率の推移
(出所)日本銀行『国際比較統計』、 OECD, National Accounts of OECD Countries Vol.2より作成

2002年10月11日掲載

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2002年10月11日掲載