中国経済新論:実事求是

低賃金は中国経済の強みか

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国は賃金水準が国際的に見て安いので、メイド・イン・チャイナの製品には強い国際競争力があるという通説がある。日本企業の間でも、日中間の賃金格差を理由に、いくら頑張っても到底中国企業に勝てないだろうというあきらめムードが蔓延している。しかし、中国の低賃金は労働集約型製品の強い競争力につながることがあっても、産業全体で見ると、むしろ競争力の欠如を表すものにすぎず、技術集約型製品に比較優位を持つ日本にとって決して脅威にはならない。

いうまでもないことだが、ある国の産業の競争力は、賃金のレベルだけでは決まらない。「低賃金=高い競争力」という単純なロジックが正しいとすれば、バングラデシュや、ソマリアなど、中国よりさらに賃金水準の低い国が高い競争力を持つことになり、また中国の中でも、多国籍企業の投資は、沿海地域より遅れている内陸部に集中するはずである。しかし、現実の世界ではこのような傾向が見られない。従って、競争力を判断するときは、少なくとも労働生産性と合わせて考えなければならない。すなわち、賃金が生産性と比べて割安になっている国では、競争力が強いことになるが、賃金が安くても生産性がさらにそれを下回る国では、競争力がむしろ弱いことになる。

こうした観点から、競争力の指標としては、賃金水準そのものよりも、労働生産性を割引いた単位労働コストのほうが参考になろう。例えば、中国の賃金水準は、わずか米国の2.1%程度だが、労働生産性も2.7%に留まっているため、単位労働コストは米国の76.9%(2.1/2.7)と両国間の格差がそれほど大きくない(表1)。中国が資本コストやインフラ、法律制度などの面において負っているハンディなどを合わせて考えると、その国際競争における優位はさらに薄くなる。

国際比較に当たり、単位労働コストは同じ通貨単位(例えば、ドル)で行わなければならないので、為替レートの変動にも左右される。例えば、中国が、輸出の拡大を狙って、人民元を切り下げた場合を考えてみよう。これを受けて、ドル換算で見て、中国の単位労働コストが下がり、競争力も向上することになる。しかし、これはあくまでも一時的効果に過ぎず、時間とともに国内の物価と賃金が上昇し、競争力の向上が相殺されることとなる。これを反映して、中長期的には、賃金水準は基本的に労働生産性と連動し、両者が大きく乖離することはない。

クロス・セクションの比較においても、労働生産性の高い国ほど賃金水準が高いという強いプラスの相関関係が見られる(図1)。これは、先進国では、生産性が高いことを反映して、国際競争力が強く賃金水準も高いのに対し、発展途上国では、生産性が低いことを反映して、国際競争力が弱く賃金水準も低いことを示している。このように、中国が、生産性に象徴される「絶対優位」において、日本を始めとする先進国に比べ、断然不利な立場に置かれていることは一目瞭然である。

こうした中で、中国は世界市場に参入する際、低賃金という「比較優位」に沿って、労働集約型製品(または技術集約型製品の労働集約型の工程)に特化せざるをえない。中国は農村部に膨大な余剰労働力を抱えているため、工業部門における労働力に対する需要が増えても、賃金上昇圧力が生じないことを考えれば、同国の労働集約型製品における競争力は当面維持されるだろう。しかし、このような状況下では、中国企業にとって、「生産性の向上」よりも「労働投入の拡大」を図ったほうが合理的戦略となるため、低賃金が産業の高度化を遅らせる要因にもなりかねない。

結局、産業の競争力を低賃金に頼らざるを得ない以上、中国は「工業大国」になりえても、製品の規格や、ブランド、コア技術といった付加価値の高い分野を支配する「工業強国」にはなれない。国民の生活水準が賃金水準に大きく依存していることを合わせて考えると、中国にとって低賃金は強みというよりも弱みだと理解すべきである。

表1 各国の単位労働コスト:米国との比較
賃金率(A)労働生産性(B)単位労働コスト(A/B*100)
米国100.0100.0100.0
スウェーデン74.553.8138.5
日本62.667.892.3
シンガポール49.049.0100.0
台湾43.124.4176.9
韓国27.043.961.5
チリ26.242.561.5
メキシコ16.330.353.8
トルコ15.722.769.2
マレーシア10.912.984.6
フィリピン8.615.953.8
ボリビア7.716.846.2
エジプト5.95.1115.4
ケニア5.43.5153.8
インドネシア4.66.669.2
ジンバブエ4.65.092.3
インド3.12.9107.7
中国2.12.776.9
(出所)国連貿易開発会議、Trade and Development Report, 2002
図1 労働生産性に比例する各国の賃金率
図1 労働生産性に比例する各国の賃金率
(出所)表1に基づいて作成

2002年8月30日掲載

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