中国経済新論:実事求是

東アジア地域統合への道
― 基軸となる日中FTA ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

WTOやAPECによるグローバルまたは広域多国間の貿易自由化が停滞している中、東アジアを巡るFTA(自由貿易協定)の動きが活発化している。日本・シンガポール新時代経済連携協定や、日本・ASEAN、中国・ASEANなど、小さいFTAを積み上げて、いずれASEAN+3(日本、中国、韓国)自由貿易協定に収斂させるという暗黙の理解ができているようである。しかし、どういう国の組み合わせで、またどういう順序でこの目標に向けて進むべきかに関しては、試行錯誤の段階にとどまっており、説得力のある理論がまだ存在していない。

国際経済学の教科書に沿っていえば、FTAの経済効果としてプラスの「貿易創出効果」とマイナスの「貿易転換効果」が挙げられる。前者は域内の貿易障壁撤廃により域内貿易が拡大すること、後者は貿易障壁が域内においてのみ撤廃されることにより、生産性の高い域外からの輸入が域内からの輸入に代替されることを指す。競合関係にある国々よりも補完関係にある国々は、貿易創出効果が貿易転換効果を上回る可能性が高く、FTAを結ぶことによって得られる利益が大きいとされている。一般的に、発展段階が離れている国ほど補完関係が強く、逆に発展段階の近い国ほど競合関係が強いことを考えれば、アジア諸国の場合、日本とNIEs諸国・地域が中国との補完関係が強く、ASEAN諸国と中国の間では競合関係が強いことになる。中でも、日本と中国の間における補完関係は特に強く、FTAの締結による経済的メリットも最も大きいと見られる。

しかし、現状では、日本がシンガポールとの経済連携協定を先に調印できたように、経済効率の論理とは無関係に、できるだけ反対を避けるという政治の配慮が優先されている。ここでは二つのディレンマが生じてくる。まず、やり易い順で進めると、いずれやり難い分だけが残り、広域の貿易自由化につなげていくという構想が途中で挫折しかねない。一方、政治的にやり易い場合ほど経済的にメリットが少なく、逆に、経済的にメリットの大きい場合ほど、産業の調整とそれに伴う利益の衝突の規模が大きくなる。分業の利益という経済の観点からは、日中FTAが最も望ましいが、政治的には最も実行しにくい。なぜなら、農産品の問題を別にしても、繊維などの労働集約製品において日本の業界が反対し、逆に中国においては競争力を持たない技術集約産業が反対するからである。

こうした一部の国内産業の反対に加え、歴史認識の問題やそれに由来する両国の国民の相互不信も、日中FTAの妨げになっていることも事実であろう。しかし、ヨーロッパでは、20世紀前半に二度にわたって世界大戦を戦ったフランスとドイツが、まさに経済統合を通じて過去の歴史を乗り越えようとしている。こうした発想の転換と政治のリーダーシップが日中両国にも求められている。

日本と中国は二カ国で東アジアのGDPの8割を占める大国である。日中両国の間にFTAが先行して締結されれば、他のアジアの国々も乗り遅れまいと積極的に加わり、地域統合が一気に加速するだろう。

2002年7月19日掲載

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