中国経済新論:実事求是

地域主義に向かう中国

関志雄
経済産業研究所 上席研究員

去る11月6日に開かれた、中国とASEANの首脳会議で、今後10年以内に自由貿易協定(FTA)を締結することを目標に、高級事務レベル協議を開催することが合意された。中国が他の国・地域とFTA締結交渉を始めるのは、初めてのことであるため、同国がWTOに象徴されるグローバリゼーションに続いて、アジア地域主義に方向性を転換する動きではないかと、関心を集めている。

FTAとは、2つ以上の国・地域が、関税や非関税障壁を撤廃し、自由な貿易活動が可能な経済圏の創出を目指す協定とされる。加盟国の間に、貿易のみならず直接投資の増大も期待される。協定に含まれる国の数に応じて、欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)などの地域統合と、2国間協定に分類される。FTAは加盟国にメリットがあるとされるものの、外部に対してはブロック化の懸念があるため、日本は従来、慎重な立場を取り、むしろWTOによるグローバルな自由化を優先していた。しかし、WTOの次期貿易自由化交渉(新ラウンド)の先行きに不透明感が増す中、日本も政策を転換し、12月にシンガポールとFTA締結で基本合意したほか、メキシコや韓国などとも締結の可能性を検討している。

今回のFTA構想は、2000年11月にASEAN+3(日本、中国、韓国)による「東アジア自由貿易圏」の提案を伏線としている。ただし、その後アメリカの反対を受けて、日本と韓国はこの構想に対して態度が曖昧化しており、むしろ2国間FTAの締結を進めている。こうした中で、従来日本主導の地域主義に積極的でなかった中国がASEANとFTAの締結合意に達した背景には、以下の2点の理由があると考えられる。

まず、中国は東アジア自由貿易圏構想に日本と韓国を引き戻そうとすることを狙っている。元々中国とASEAN諸国だけでは、貿易・産業構造が互いに競合する関係にあるため、FTAの締結提携によるメリットは小さいと考えられる。これに、日本と韓国を加えると、地域内での補完性が高まり、FTAによる貿易・投資の拡大とその域内波及という効果を高めることができると予想される。

その上、アジア通貨危機を経て、中国は高成長を持続させるためには、安定した国際環境が是非とも必要であると当局が認識するようになった。これを反映して、中国がWTO加盟を果たすなど、グローバルな貿易・投資制度へ積極的に参加しながら、地域経済の安全保障への関心が高まっている。1997年のアジア通貨・金融危機はタイから始まり、その後、一部の加盟国における政治不安や世界経済の減速も加わり、ASEAN経済は未だに低迷している。ASEAN+3によるFTA締結を進めることは、中国の躍進やアジア危機の後遺症を受けて、貿易・投資の成長に陰りが見られるASEAN経済を活性化する効果が大きいと見られる。これに加え、ASEAN諸国が再び域内政治・経済において、不安定要因となることを未然に防ぐという、経済安全保障上の意味もある。しかし、アジア経済の安定という大任を果たすためには、中国の力だけではまだ不十分で、東アジアのGDPの65%を占める経済大国日本の協力が欠かせないことはいうまでもない。

2001年12月21日掲載

2001年12月21日掲載