中国経済新論:実事求是

中国経済の「カエル跳び」は可能か

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国は、70年代末改革・開放政策に転じて以来、高度成長期に入っている。特に、近年のIT革命の波に乗って、従来の労働集約型製品に加え、一部のIT製品においても、国際競争力を持つようになった。ITをはじめとする新しい技術の活用によって中国が従来の工業化の長いプロセスを飛び越えて、短期間に先進国への仲間入りを果たす可能性が指摘されている。日本では、中国に関するこの「カエル飛び」シナリオが主流の見解になりつつあるが、中国の経済学者の間では、むしろ否定的な見方が一般的である。

彼らがこのような見解を持つ理由には、まず、今までに中国が二度にわたってカエル跳びの試みに失敗していることが挙げられる。一回目の試みは、50年代に、毛沢東の主導で行われた「大躍進」である。このとき、中国は10年間でイギリスを抜き、20年間でアメリカを凌ぐ経済水準を達成することを目標としていた。しかし、目標を達成するどころか、多大な時間を浪費し、さらには100万人単位の人命をも奪うという惨憺たる結末を迎えた。二回目は70年代、鄧小平が復活する前の華国鋒政権の下、最も先進的な設備を海外から輸入して、工業化を一気に推し進めようとした「洋躍進」である。しかし、結局は輸入した設備を使いこなすことができず、多くの外貨を無駄にする結果に終わった。

冷静に考えると、ハイテクであるほどいいという経済法則はそもそも存在しない。中国では、利益をあげている産業は必ずしもハイテク産業ではなく、その大半はむしろローテク産業である。中国で儲けようとすると、地元の企業であれ、外資系企業であれ、経営がよい事はもちろんだが、さらに重要なのは今の中国の強み、すなわち比較優位を活用できるかどうかである。中国の強みといえばハイテク産業であると思い込んでいる日本人が非常に多いが、実際には、いまだに人海戦術を要する分野が一番強い。ハイテク産業では、依然として日本の方が比較優位を持っているが、労働集約型産業では中国はその強みを発揮できるのである。しかも農村部には、いまだに二億人も三億人も余剰労働者がいるといわれており、そのおかげで、高成長が続いても、賃金がそれほど上がらずに競争力が維持できているのである。

ただし、特定の分野においてのカエル飛びの可能性を否定するわけではない。中国は非常に大きい国なので、一点豪華主義を目指して、特定の分野に資源を集中すれば、それなりに成果を挙げるであろう。例えば、中国のロケット開発は、日本よりも進んでいると見られる。外資系企業も、税制面での優遇措置に加え、中国の国内市場の保護による高い関税という障壁を乗り越えるために、最先端の技術と設備を中国に持ち込んでしまう場合も少なくない。しかし、投資効率を評価する際には、同じ資源(資金や人材など)を他の分野に投入すると、どういう経済効果が期待できるのかという機会費用も合わせて考えなければならない。残念ながら、中国の指導部の中には経済学者よりもエンジニア出身の人が多いせいか、採算性を度外視して、ハイテクの追求を自己目的化したプロジェクトが随所に見られる。

いわゆるニュー・エコノミーにおいては、最先端の技術や設備そのものではなく、それらを創り出し、活用することのできる知識を身に付けた人材こそが最も重要な財産である。少しでも、経済水準を先進国に近づけようと思うのであれば、国全体の人的資本の質を高める以外に道はない。教育水準はもちろんのこと、自らの技術開発能力および、海外から技術を吸収する能力の向上も欠かせない。国全体の教育レベルを短期間では大幅に改善できない以上、経済発展は、一歩一歩前進するしかない。このように中国が経験した歴史と、直面している現実を踏まえれば、カエル跳びがありえないことは明らかである。

2002年4月12日掲載

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