中国経済新論:実事求是

総論賛成・各論反対を乗り越えるために
― 旧体制の改革より新体制育成の薦め ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

田中外務大臣の更迭をきっかけに、小泉政権に対する支持率が急速に低下し、「聖域なき構造改革」の推進が窮地に立たされている。外務省改革が、外務官僚の協力なしには達成できないと同じように、小泉改革も他の政治家の支持が欠かせない。現実問題として、改革は、対抗勢力と対立したり、国民に痛みを耐えるように訴えたりすることだけではうまく進まないのである。

どこの国でも、改革は困難を極める過程である。改革は効率を高め、経済全体のパイを大きくしても、必ず行われるとは限らない。なぜなら、これらの便益は均等に分配されるとは限らず、得する人がいる一方、損する人もいるからである。そのため、「総論賛成・各論反対」の言葉の通り、関係者が建前として改革を支持しても、いざと具体論になると、それによって損を被る一部の人々が反対に回るのである。

このように、「総論」は社会全体の利益に基づく議論であるのに対して、「各論」は各利益集団の立場から、「部分益」に立脚した議論である。効率を重視する経済学者は常に改革を支持するが、一方では、既得権益の尊重を含め、所得分配の配慮から、改革には消極的な政治家が大勢いる。改革に反対する人々が、抵抗勢力として批判されるが、利益団体とそれを代表する政治家たちは、他の経済主体と同様、現存の法律といった制度(いわゆるゲームのルール)の下で、自分の利益を極大化するように行動しようとしていることを考えると、彼らが「悪い」と決め付けることは必ずしも妥当ではない。

理想論として、全ての人々に利益をもたらし、一人にも損を与えないような改革は、反対する人がいないため、最も進めやすいのである(「パレート最適」改革という)。従って、既得権益の尊重は改革を円滑に行うための一つの大原則であると言っても過言ではないであろう。既得権益の尊重は経済改革の敵であると思われがちである。しかし、両者は改革で損する人々に補償することを通じて、両立できるはずである。これは明示的に国家予算を通して行われることもできるが、旧体制を残存させながら、新体制の育成に力を入れることによっても達成できる。

その成功例として、「双軌制」による中国の計画経済から市場経済の移行が挙げられる。双軌制の下では、従来の計画経済の対象が国有企業に限定される一方、外資企業や民営企業といった非国有企業は政府からの援助がなく、優勝劣敗という市場のルールの下で競争しなければならない。改革前、国有企業は工業生産に占めるウェイトが80%に達したが、いまや30%を割っており、その代わりに、非国有企業は成長の担い手になっている。雇用の創出や資金の提供(企業買収を含む)などを通じて、非国有部門の成長は国有部門の改革の条件を作り出しているのである。

これまで日本では、政府が既得権益を尊重するあまりに、改革が進んでこなかった。現に、景気対策という名のもとで100兆円以上の公的資金が、次から次へと衰退産業につぎ込まれた、国全体の投資効率が益々悪化し、産業の高度化も一向に進展していない。中国の経験から、我々が学ぶべきことは、既得権益の保護も結構だが、これと同時に新体制の育成を精力的に推進しなければならないことである。

2002年2月22日掲載

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