中国経済新論:実事求是
地域格差の拡大に歯止めをかける労働力移動
関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー
中国経済のこれからの発展を見通すときに、地域格差が常にリスク要因として注目されている。確かに、中国の公式統計によると、都市部と農村部、または沿海地域と内陸地域の間における一人当たりGDPの格差が非常に大きい。例えば、2001年の上海市の一人当たりGDP(国内総生産)は4500ドル、北京は3000ドルに達しており、900ドル前後という中国全体の数字を大幅に上回っている。しかし、農村部では自給自足の割合が多く、市場取引を前提とするGDP統計には必ずしも反映されていない上、後発地域の価格水準が先進地域より低いため貨幣の購買力が相対的に高い。これに加え、労働力の移動を勘案すると、公式統計による一人当たりGDPは、実体以上に地域格差を大きく見せている可能性があると判断される。
まず、一人当たりGDPの公式統計のベースとなる戸籍上人口が実体を反映していない。すなわち、大量の労働者が農村部から都市部へ、また内陸地域から沿海地域へと流れていることを反映して、他の地域から労働者を受け入れている先進地域では、戸籍に比べ、実際の人口の方が大きくなっている。それに対して、労働者を送り出す後発地域では逆である。このため、公式統計では、一人当りGDPは、先進地域では過大評価される反面、後発地域では過小評価される傾向が見られる。例えば、2000年の人口調査によると、センサスベースでは上海市の人口は1697万人、北京市は1382万人であるのに対し、戸籍上では上海市が1321万人、北京市が1100万人となっている。こうした考えに基づいて、2000年における上海市と北京市の一人当りGDPを計算し直すと、戸籍ベースでは、上海市が4173ドル、北京市が2713ドルであるのに対し、センサスベースでは、それぞれ3284ドル、2167ドルに小さくなると計算される。逆に、安徽省など労働者を送り出す一部の内陸地域の省では実際の人口が戸籍より少なくなっているため、実体の一人当たりGDPが公式統計を上回っている(図)。
また、労働力の移動が地域間の所得の平準化に大きく寄与している。中国の国内労働力の移動について、日本では強いマイナスのイメージで議論されている。特に、貧しい内陸部から豊かな沿海地域に出稼ぎに行く「盲流」または「民工潮」は中国の不安定につながるという説が定着しているように思われるが、現実は逆である。つまり、所得格差があるから人が流れるというところまでは正しいが、人が流れることによって、所得格差が是正されることが認識されていない。投資を通じてカネが流れると、GDPとGNPが配当など投資収益の分だけ乖離するように、労働力の移動は、省ごとにGDP(生産)とGNP(所得)の乖離を生む。沿海地域では生産が急激に伸びているので、GDPも急速に上がっていく。しかし、その中から内陸部からの大勢の出稼ぎ労働者に給料を払わなければならず、その大部分は内陸部に送金されている。そのため、沿海地域の所得(GNP)は生産(GDP)ほどは伸びていない反面、内陸部の場合は沿海部ほど生産が伸びていないが、沿海地域からの送金を入れるとそれなりに所得が伸びていることになる。このように、国内の労働力の移動は、地域間の所得格差の是正、ひいては中国政治の安定に大きく貢献していると理解すべきである。労働力の移動を円滑化させるために、当局が現行の戸籍制度の見直しを進めている。

2002年1月25日掲載
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