「『弱肉強食』という論理が働く世の中では、時々他人がいかに『強食』であるかと愚痴をこぼすばかりで、自分がなぜ『弱肉』であるかということを反省しようともしない人たちがいる。自分が『弱肉』である以上、他人は自然に『強食』にやってくる。本当の活路は、他人の善意を期待して『強食』に来ないことを望むのではなく、自分も奮い立って、強者になることである。一番悪いのは、自分が改革と開放に伴う痛みに耐え、積極的に進歩しようともしないで、ひたすら自分が他人にやられると不満を言いながら、政府に立ち後れた者への保護を求めることである。結局、自分が落ちこぼれる状況に留まるだけでなく、国全体、民族全体の足を引っ張って、皆がいつまでも立ち直れなくなってしまうのである」(樊綱、『面対転型之難』、中国発展出版社、2000年)。
以上の文章は、中国の気鋭な経済学者である樊綱氏が、国内における改革・開放路線に対して消極的態度をとる保守勢力に対して批判したものである。興味深いのは、中国国内の事情について述べているにも拘わらず、現在の日本経済について書かれているかのように感じられる点である。この頃流行っている「中国脅威論」に象徴されるように、明治維新以来アジア経済をリードし続け、一人当たりGDPが未だ中国の40倍にも達している日本が、失われた10年を経て、自信を喪失し被害妄想に陥っている。
中国経済の台頭に対して日本企業・政府がどう対処すべきかを考える上では、「良い中国脅威論」と「悪い中国脅威論」の2つの立場から検討することが参考になろう。
「良い中国脅威論」とは、中国の急成長を認めた上で、日本において比較優位の低下した産業については、生産拠点を海外に移転するなど、その産業で使われていた生産要素を成長分野に振り向けることを意味する。既に日本にとっては古くなった技術分野の生産を中国に任せることにより、ますます日本の産業構造の高度化を達成しようというものである。このようなプロセスにより、日本経済は再び優位性を取り戻し、「強者」としての立場を維持することができよう。
これに対し、「悪い中国脅威論」とは、最初に引用した文章の通り、中国との競争で負けた産業が、政治的影響力を行使して、対中貿易摩擦を引き起こすようなケースに当たると考えられる。政策当局と経営者が、自分の過失の責任を中国に転嫁させ、国民の目を問題の本質からそらすことによって、改革がさらに遅れてしまうという代償は非常に大きい。その意味で、「悪い中国脅威論」は、それ自体が日本経済を「弱者」のままに閉じこめ、「強者」に転じるために必要な改革の機会を奪っていると見ることができる。その場限りの保護策ではなく、未来を見据えた長期の自己改革が望まれる。
2001年11月16日掲載