中国経済新論:中国の経済改革

なぜ中国は「金融危機」にならなかったのか
― 「国家債務比率」による示唆

樊綱
中国経済改革研究基金会国民経済研究所所長

近年、中国の国有企業の赤字が深刻で、債務対資本の比率が80%以上にも達している。これに対応して、銀行の不良債権の比率もますます悪化し、国有銀行も赤字の段階に突入した。このため、内外の経済学者と投資家の多くは、中国の改革と高成長に対してますます疑いを強めている。すなわち、中国の銀行の不良債権問題は東南アジア諸国より深刻であり、東南アジア諸国が金融危機と経済危機に陥ったことは、同様に中国も危機に陥ることを意味するのではないか、という意見が行き渡っている。さらに、1998年から、中国政府は拡張的な財政政策を採用し、財政赤字の拡大、政府債の増発などの手段によって、インフラに対する投資を拡大してきた。政府債の増発は、中国経済が金融危機に陥る懸念を高めている。一方、銀行の不良債権の問題は以前からすでに存在したにもかかわらず、中国経済は依然高成長を遂げているため、近いうちに金融危機に陥る恐れはまったくないと主張する人も少なくない。このように、中国経済が「金融危機」に陥るかどうかをめぐって、様々な論議が交わされ、もはや世界中に注目されている問題の一つとなっている。本稿では「国家債務比率」の概念を用いて、この問題を包括的に答えることを目的としている。

一、国有銀行の不良資産と政府債務

中国の銀行システム、特に国有銀行システムでは、「不良債権」額が銀行の貸出総額に占める割合は非常に高い。これは誰も否定できない事実であるが、それに関する正確なデータがないため、われわれはあらゆる情報に基づき、データを推定しなければならない。リスクを最大程度に推計し、問題の厳重性を見落とさないように、これまでの情報の中で最も深刻な推計が採用された。それによると、不良債権はすでに銀行の貸出総額の25%にも達したという。

国有企業が深刻な負債を抱えることは、まず体制の問題によるものである。国有企業、国有銀行、そして政府による干渉によって構成された国有経済のメカニズム(「国有経済三本柱の体制」)の下で、国有経済全体で社会に対する「不良債権」が様々な形で発生している(財政補助金、賃金の払い渋り、ゴミ債権、ゴミ株、インフレなどを指すが、これらに対する詳しい分析は省略とする)。その中、銀行の不良債権という形で発生したのは、80年代初めに、中国政府が国有企業に対する財務責任を、中央財政から次第に銀行に譲ったことに由来する。これはいくつかの面で表れている:

まず、政府は、従来の国有企業に対する資本金の投入を中止した。企業の設立と運営は、主に銀行の貸出に頼っている(政府の許可は当然必要である)。固定資本も流動資本も同じである。「国有企業」と言っても、事実上、その多くは最初からも国家財政による資金の投入をまったく受けていない。

その上、企業が赤字になった時、政府は、従来のような企業に対する財政補助制度も見直した。つまり、それまでの財政補助の代わりに、国有銀行は、国有企業の抱える債務の返済期限を延期したり、新しい投資を追加したりという形で国有企業を支援している。企業の赤字の原因は、経営不振、社会負担(企業に残るべき福利と保障金は国家に持っていかれたなど)や指導官庁の政策上での失敗(多くの企業は最初から立てる必要がない)など様々ある。しかし、一旦赤字が発生しから、従来の財政からの補助金ではなく、銀行による追加貸出で賄うことは、銀行の不良債権の増加を作り出した根本的かつ直接的な原因なのである。 

このように、銀行の「不良債権」は、実際には「財政補助」の役割を果たしている。中国では、国有企業を制度上に維持する一方で、国家財政による資金注入や補助金制度を見直す以上、国有銀行で大量の不良債権が発生することはむしろ当然の結果である。これは「国有経済三本柱の体制」(前出)に内在する論理的帰結である。国有企業の負債と金融リスクとの関係を考える際、政府債務の問題も考慮すべきである。即ち、国有企業の銀行に対する「不良債権」を「準政府債務」、そして、国有企業の「不良債権」と「政府債務」を合せて「国家債務」と考えるべきである。この分析を理解するによって、中国がこれほど大きい規模の国有経済を抱えているにもかかわらず、なぜ政府債務は非常に低いのか(政府債務の残高はGDPに占める割合はわずか8%)、そして、中国の銀行の「不良債権」の割合はなぜ非常に高いのか、という二つの問題を同時に理解できるはずである。

銀行の「不良債権」は「国家債務」の一部分を構成していることは明らかである。なぜなら、「不良債権」の処理は結局、社会と政府が負担することとなり、国家権力の運用(税収、国債、貨幣の発行、国債融資など)に依存せざるを得ない。仮に企業が自身の収入で債務と利子を返済することができるならば、その負債は「国家債務」の一部分とみなすべきではない。

もっと一般的に言うと、仮に国有経済が存在しなくても、個人企業と私有銀行の間で発生する「不良債権」も同様に、「外部効果」と「公共的性質」の特徴を持っている。なぜなら、銀行の「不良債権」の処理を原因とする「銀行危機」、「金融危機」は社会全体の経済の安定と発展に対して、悪影響を与えている。政府は陣頭に立ち、公的資源(「納税人が納めた税金」)によって、この問題への対応を図られなければならない。他国の経験(80年代のアメリカ、現在の日本、韓国など)は、この点を証明している。つまり、経済全体から考えると、銀行の不良債権と政府債務は、同様に社会全体の財政負担と考えるべきである。その金額の増大は、経済主体の経済金融リスクが増すことを意味する。

経済の金融危機への対応力から見ると、銀行の不良債権と政府債務とを関連づけて考える必要がある。銀行の不良債権比率が高い場合、仮に政府の債務比率も高ければ、政府のリスク対応能力は低い。逆に、政府の債務比率が低い場合、一旦危機に陥ったときに、(政府)債務を増発することによって、(銀行)債務に対応し、経済の安定化を図る手法が考えられる。このように、一国の金融リスクの大きさは、金融システム自身の健全性だけではなく、政府の危機対応能力にも大きく左右される。

二、対外債務

もう一つ考慮すべき要素は「対外債務」である。中国政府の抱える対外債務の金額は小さく、論議をするとき、省略してもよいような存在である。しかし、東南アジア金融危機の教訓の一つは、対外債務の多くは民間部門によるものであっても、結局それが国家債務と変身し、国家あるいは国民全体で背負うことになる場合があることである。中国にとって、この問題はもっと深刻である。なぜなら、仮に対外債務は政府によるものでなくても、国有企業や国有金融機関によるものであれば、政府はその全責任を負い、また国民の全体が負うからである。従って、国家金融、財務状況から分析するならば、われわれは、わが国が抱える「対外債務」のすべてを、政府あるいは国家による債務として計算し、金融リスクを最大限に推定しなければならない。現在、このような債務はわが国のGDPの14%ほど占めている。

もちろん、もっと厳密な分析方法は、「短期債務」だけで計算することである。なぜなら、短期リスクは主に短期債務によるものである。この方法で計算すると、わが国が抱える短期対外債務はGDP比わずか1.5%となり、リスクはより低くなる。(広東国際信託投資公司が倒産した事件のように)地方で登録していない短期対外債務を計算に入れても、3%を超えることはない。この方法で図る金融リスクは決して高くない。

資本市場がすでに開放された経済にとっては、問題はさらに複雑である。流動性が高く、市場からすばやく撤退できる外国の「証券投資」を計算に入れなければならないからである。しかし、現在のわが国にとって、このような問題は存在しないため、本文では論議しない。この点は十分に注意すべきである。本文で提起された「国家債務比率」の概念は、わが国のような資本市場が未だに完全に開放されていない経済だけを対象にしている。資本市場が完全に開放された経済であるならば、より多く、より複雑な要素を考慮しなければならない。

三、「国家債務比率」

以上の三つの項目、すなわち、政府債務、銀行の不良債権、そして対外債務は、金融危機を引き起こす国家債務の主な要素である。その他の潜在的な政府債務は、三つの項目のどれか(例えば、政府が国有企業の従業員に対する未払いの「年金基金」は、企業の不良債権として発生している)に属するか、もしくは経済の中で、他に対応するもの(例えば、政府が公務員に対する未払いの「住宅基金」は、住宅の私有化あるいは一部分の国有資産を売り出すことによって弁済する)がある。

以上の三つの項目を総合的に考えると、「国家債務比率」の概念が得られる。数量上的には、それは以下の公式で表すことができる。

公式

これは一国の金融状況を評価する総合指数である。この指数には、資本項目がまだ完全に開放されていない経済における景気の変動や金融不安をもたらすことのできる主要なマイナス要因を含んでいる。

この総合指数を使い、以下の問題を分析することができる。

(一)経済全体の金融リスクの大きさ(国際比較)

一国で経済危機が起こるかどうかは、多くの経済的、政治的、社会的、そして国際的な要素によって、決定される。いかに「総合的な」経済指標であっても、一国の経済が危機に陥るリスクを正確に判断することができない。しかし、ある程度「総合的な」経済指標は、単一、個別の指標より効果的である。このような指標を持ち、国際比較を行うことにより、多くの問題に対して理解を深めることができる。

他の国と比べれば、中国経済の特徴は、銀行の不良債権の金額は大きく、政府債務と対外債務は相対に小さいことである。中国の銀行システムは様々な問題を抱えているにもかかわらず、「国家債務比率」は相対的に低く、1997年末には47%、1998年も50%に達していない。仮に中国の短期対外債務だけで計算すれば、この指標はもっと低くなり、37%ほどになる。1997年末におけるその他のアジア諸国のこの指標は中国よりかなり高い。通貨統合に向けてEUが加盟国に課した政府債務の上限はGDP比が60%であり、アメリカでも長い間70%に達している(注意しなければならないことだが、先進諸国における銀行の不良債権の金額は少なく、しかも政府は銀行の貸出業務に干与しないため、政府の不良債権に対する責任は小さい。従って、われわれはここで政府債務だけを計算の対象とする)。

この点を考えれば、なぜ中国の銀行システムの不良債権問題が、金融危機に陥った他の国家より多くの問題を抱えているにもかかわらず、経済が安定化し、高成長が実現され、そして近い将来も金融危機に陥る可能性は低いのか、という問題に対する理解は簡単にできるだろう。中国の金融システムは多くの不良債権を抱えているから、経済危機に陥ることは当然という論点が、なぜ間違っていたかというと、経済が抱える全体的な経済負担を総括的に分析することに欠けていたからである。同様に、アジア諸国の多くが経済危機に陥ったことを事前に予測できなかったのは、同じ原因によるものである。つまり、一部分の債務指標だけを見つめ、総合的な観点から問題を捉えていないからである。たとえば、政府債務だけをみれば、韓国とタイの当時の状況は決して悪くないが、しかし非政府部門の銀行の不良債権と短期対外債務を合せて考えると、結論は大きく違ってくるはずである。

(二)マクロ政策選択

「国家債務比率」に基づき、一国の債務構造に対する分析を行うことは、マクロ政策の選択にとって、非常に有益である。現在、中国経済は成長率の低下と内需不足の問題に面している。これを解決するには、政府による拡張的なマクロ政策が最も重要である。問題は、与えられた政策の中から、最も有効で、適切な政策をいかに選択するかということである。ほかの要素を一定とする前提の下で、「総合債務」に基づく債務構造に対する分析をすることによって、銀行債務が大きく、政府債務は小さい中国経済にとって、最大のリスクは銀行の不良債権にあることがわかる。従って、今現在の最も適切なポリシー・ミックスは、貸出を厳しく制限する同時に拡張的な財政政策を採用することである。こうすることによって、銀行改革と企業改革を維持しながら、銀行の不良債権比率が抑えられると同時に、内需を拡大し、経済成長を維持することができる。

我が国の「国家債務比率」と政府債務がGDPに占める割合は相対的に低い以外、利率も経済の成長率より低いため、二、三年の内にわが国にとって、ある程度の財政赤字と政府債務の増加を容認し、経済の持続成長を確保することは重要である。こうすることによって、「国家債務比率」とそれに対応した金融リスクの増大が避けられないが、経済体制の問題はこれ以上に悪化しない(その代わりに銀行不良債権の処理と、対外不良債権の清算を含む改革の度合いを深化させる)ならば、「債務爆発」のような深刻な問題が発生する恐れもまったくない。言い換えれば、現在のわが国にとって、まだ「国債を増発するする余地」が残されている。

体制改革とマクロ政策の関係から見ると、われわれは改革を深化することによって、銀行の不良債権の拡大を防ぐことができれば、われわれにとって、選択の可能なマクロ政策の余地も次第に拡大され、より多くの債務(外債と内債にかかわらず)を増やすことによって、わが国の経済成長を維持することができる。

四、インフレと「国家総合金融リスク指数」

もう一つの考慮すべき要素は、インフレとデフレである。インフレは、銀行債務の解消と政府債務の解決にとって、有利である(逆に、デフレは債務解消にとって、不利である)。なぜなら、インフレの影響で債務が相対的に値下げするため、前述した「国家総合債務率」の数式での分母が拡大され、比率数値自体は小さくなるからである(インフレは一種の隠れた含み税収あるいは「財政黒字」として見直すことができる)。しかし、同時に、インフレは金融危機を増大させる面も見逃してはいけない。

(一)為替レートが固定された条件の下で、数年前、東南アジア諸国が金融危機に陥った時と同様に、インフレは貨幣価値にして過大評価をもたらし、さらに金融市場の変動を引き起こす。

(二)インフレがすでに存在している状況の中、政府は金融システムの問題の解決と債務の解消をするために、貨幣と債券を増発するという手段がもはや非常に困難である。そして、インフレ自身は社会、政治の不安定をもたらすことはいうまでもない。

インフレの不利な面も考慮するために、われわれは「国家総合債務比率」の上で、新たに「国家総合金融リスク指数」を取り入れた。

国家総合金融リスク指数
国家総合金融リスク指数

この指数に基づく分析によって、デフレは債務を相対的に値上げさせるマイナスの一面があると同時に、政府は債務と貨幣を増発する余地を拡大させるプラスの影響も持っていることがわかる。事実上、これは、デフレの局面において、政府による拡張的な政策が求められることを意味している。その局面において、少し債務を増発することによって金融リスクを拡大する恐れは、相対的に小さい。この数式に基づいて、計算された1998年末の中国の「国家総合金融リスク指数」は47.95%で、「国家債務比率」の50.53%より低いことも、この点を説明している(表を参考)。

「国家総合金融リスク指数」は、マクロ経済の景気変動をもたらす主な要因を包含している。その中、マクロ経済を分析する際、従来によく注意された「インフレ」と「政府債務」がもちろん、「アジア金融危機」の教訓を受け、徐々に重視されるようになった「民間部門債務」(銀行不良債権と対外債務)も含まれている。この指数に対する観察と分析によって、われわれはすばやくマクロ経済全体の金融リスクを制御することができる。もちろん、あらゆる「指数」は、「指数」としての意味合いしか持たず、現実の一部分の経済関係に対する一種の反映にすぎなく、経済関係を全部反映しているわけではない。ひとつの「指数」だけをたよりに、現実での関係や趨勢を完全かつ正確に反映することができない。いつくかの指数をたよりに、われわれは現実に対する分析が可能であるが、しかし、あらゆる指数は経済に対する全面的な分析のかわりにつとめることはできない。

表 中国金融リスク指数
表 中国金融リスク指数
* この数字には短期対外債務しか含まれていない
出所 『中国統計年鑑』(中国統計出版社、1997年)、『1998年中国統計摘要』(中国統計出版社)

以上の分析によって、中国には「国債を増発する余地」がまだ残され、有効的なマクロ政策を実行することができることを明らかにした。短期的には、今の中国経済にとって、一つの重要な問題は、いかに経済成長の趨勢を維持できるのかということである。それには、拡張的なマクロ経済政策を実施することが必要である。しかし、長期的に見ると、あらゆるマクロ政策も体制改革に取って代わることはできない。改革は金融リスクを解消する根本的な手段である。もちろん、これは別の次元の話であり、本文では取り上げない。

2001年10月22日掲載

出所

『経済研究』、1999年5月号。原文は中国語。和文の掲載に当たって、著者の許可を頂いている。

2001年10月22日掲載

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