中国経済新論:日中関係

日中協力を如何に進めるか
― 求められる国際公共財の共同提供

関志雄
経済産業研究所

(一般財団法人 日中経済協会、『日中経協ジャーナル』2020年4月号掲載)

日中協力は、長い間、日本による中国への政府開発援助(ODA)が中心だった。しかし、経済の高成長を背景に中国がODA の受入側から供与する側に変わったことを受けて、両国の協力の焦点は国際公共財の共同提供にシフトしている。中国が主導する「一帯一路」構想は、そのための重要なプラットフォームとなっている。これに加え、新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大をきっかけに、感染症対策も、日中協力の緊急課題として浮上している。

国際公共財とは

公共財とは、非競合性あるいは非排除性の少なくとも一方を有する財・サービスのことである。ここでいう非競合性とは、ある人の財やサービスの利用が、他の人の利用を妨げないことで、また、非排除性とは、財やサービスの利用に対して、料金を支払わない人を消費から排除できないことである。とくに、非排除性がフリーライダー(ただ乗り)の問題を生じさせている。これら2つの性質により、公共財は市場を通じた最適な供給が実現できず、市場に任せておくと、過少供給になり、「市場の失敗」を補うために政府による供給が求められる。公共財の例として、国防、警察、消防、交通インフラ、環境対策などが挙げられる。インフラ建設を中心に展開してきた日本の対中ODAは、中国における公共財の供給を増やすことを通じて、その経済発展を促してきたと言えよう。

国際公共財とは、非競合性あるいは非排除性を有する上、便益が国境を越えて広がる財・サービスのことである。世界的な安全保障システム、通貨・金融システム、自由貿易システム、対外援助といった従来の分野に加え、近年関心が高まっている災害、感染症、地球環境問題への対策もそれに当たる。その一例として、2020 年に入ってから中国で猛威を振るうようになった新型コロナウイルスによる肺炎(以下、新型肺炎)は、近隣諸国・地域を中心に海外にも広がっており、このような「外部不経済」を抑えるために、感染症の予防、治療、拡大防止などにおいて、WHOを中心とする国際機関の役割だけでなく、直接その影響を受ける関係国・地域間の協力の強化も求められる。国際公共財は、国内の公共財と同様に、フリーライダーの問題に直面している上、その供給の担い手となる「世界の政府」が存在しないため、供給不足の問題がより深刻である。

国内の公共財が「全国的公共財」と「地方公共財」に分かれているように、国際公共財は、すべての国がその便益を受けられる「グローバル公共財」と、一部の国しかその便益を受けられない「地域的公共財」に分けることができる。全国的公共財は中央政府により提供され、全国の人々がその便益を受けられる。これに対して、地方公共財は各地方政府により、それぞれの地域の住民に提供される。地方政府が提供する公共財は、中央政府による公共財の提供不足などを効果的に補充でき、運営と管理においても効率が高い。全国的公共財と地方公共財の間のこのような補完関係は、グローバル公共財と地域的公共財の間でも見られる。もっとも、グローバル公共財と地域的公共財の境は必ずしも明確ではなく、感染症対策のように、両方の性質を兼ねるものもある。

国際公共財の担い手となった中国

中国は、長い間、国際公共財のコストを負担せず、その便益だけを享受するフリーライダーと批判されてきたが、国力が向上するにつれて、率先して国際公共財を提供することを通じて「人類運命共同体」の実現を目指すようになった。それに向けて、習近平総書記は、17年10月に開催された中国共産党第19回全国代表大会における報告において、「各国の人々が一致協力して、人類運命共同体を築き、恒久的に平和で、普遍的に安全で、共に繁栄し、開放的・包容的な、清く美しい世界を建設するよう」呼びかけている。

中国は国際公共財の提供において、次の取り組みを行っている(国務院新聞弁公室、2019)。

まず、「一帯一路」構想を各国と共に推進している。「一帯一路」構想の共同推進は、協議・構築・共有を原則に、平和協力、開放・包容、相互学習・相互参考、ウィンウィンのシルクロード精神を指針とし、政策の疎通、インフラの連結、貿易の円滑化、資金の融通、民心の疎通に重点を置き、ビジョンから現実へと発展してきた。

また、多国間の対話と協力のプラットフォームを構築している。中国は多国間主義を支持し、国際問題については各国の協議による対応を主張し、政治、経済、安全、人文などの分野での多国間対話と協力のプラットフォームを積極的に構築する。「一帯一路」国際協力サミットフォーラム、中国国際輸入博覧会などを定期的に開催している。アジアインフラ投資銀行、新開発銀行などの国際金融協力機構を創設し、世界の包容的発展(すべての人が平等な機会を持ち、成果を共有できる発展)にますます大きく貢献していく。上海協力機構の創設は、地域と世界の平和と安定に重要な役割を果たしている。

さらに、積極的に国際問題・地域問題に関与している。中国は国際連合(以下、国連)安全保障理事会(以下、安保理)の常任理事国として、国際問題と地域問題の解決に尽力している。朝鮮半島問題、イランの核問題、シリア、アフガニスタンなどの地域問題に関して、積極的に対話や協議を進め、各国が受け入れられる解決策を模索している。国連および多国間気候変動対策プロセスにも積極的に参加し、「気候変動に関するパリ協定」の実施を支持・推進している。「国連グローバル・テロ対策戦略」と安保理のテロ対策決議の実行を積極的に支持し、国際テロ対策協力にも積極的に参加している。さらに、エネルギーの安全、食糧安全、ネットワークの安全、極地、宇宙、海洋などの分野で国際交流と協力を強化し続けている。

そして、積極的に対外援助を行っている。中国自身が発展途上国であり、他の途上国の苦しみと貧しさはかつて自分も経験したことなので、できる限りの支援を提供している。中国はウィンウィン理念を守り、いかなる政治条件も付けずに、発展途上国に対し資金、技術、人員、知識などの面で支援し、相手国の自主的発展能力の強化を手助けしている。現地の経済社会の発展や民衆生活の改善ができるように、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の実現により大きな貢献をする、という。

「一帯一路」構想とその課題

その中でも、「一帯一路」構想は、中国にとって国際公共財を提供する最も重要なプラットフォームとなってきている。

アジアインフラ投資銀行の設立をはじめ、「一帯一路」構想の実現に向けた中国政府の一連の取り組みは、戦後米国が西欧諸国を対象に実施したマーシャル・プランを思わせるものであり、一部のメディアでは「中国版マーシャル・プラン」と呼ばれている。

「一帯一路」構想は、インフラ建設と各国のインフラの相互連結を中心に進められている。中国は自国のインフラ生産能力、優れた技術と高い資金力を活かし、国際社会の資源を動員しながら、沿線国のインフラ供給を増加させ、国際貿易における様々な障害を取り除き、地域全体の経済協力レベルを引き上げ、沿線国経済の安定と成長のために基盤を強化している。

かつて、マーシャル・プランは、西欧諸国の戦後の復興に大きく貢献をする一方で、米国企業には巨大な欧州市場を提供した。「一帯一路」構想を中心とする「中国版マーシャル・プラン」も、中国と周辺諸国とのウィンウィン関係の発展につながると期待される。

その一方で、「一帯一路」構想は、中国自身の地政学的・軍事的な勢力圏を拡大させて既存の国際秩序に挑戦するための手段であり、とくに沿線諸国に過剰債務を負わせて「債務の罠」に追い込み、政治的な影響力を強めようとしているのではないか、という懸念が持たれている。これを払拭するために、
①強権的・権威主義的な政府に対して「中国モデル」を広げるためのインフラ支援を避ける、
②「一帯一路」構想が地政学的・軍事的な目的を持たないことを明確に示していく、
③沿線国の規制や法令を順守し、現地でのビジネス機会、雇用機会、ノウハウの移転の向上、環境保全に努める、
④沿線国の債務返済可能性の維持に配慮した貸付けを行って「債務の罠」を作り出さず、公的債務の返済に問題が生じた際には一定のルールの下で解決する、
⑤「一帯一路」プロジェクトで構築されるインフラが全ての国の人々や企業に開放され、透明な調達制度の下で海外企業の事業参加が可能になる、
⑥全ての沿線国にとって利益になる公平な運営を行うために、意思決定方式を多国間化する、
⑦大規模インフラ・プロジェクトについては、その結果を評価する枠組みを導入する、
という改善策が求められる(河合正弘、2019)。

「一帯一路」の推進における日中協力の可能性

「一帯一路」構想を実現するために、対象となる国家間の協力だけでなく、先進国の支持も必要であると中国は認識している。中でも日本への期待が大きく、程永華駐日大使(当時)は、日本の各界に次のような形での協力を呼び掛けている(程永華、2017)。

まず、理念の賛同である。これまで日本は、中国が提起した国際的地域的な協力構想に対し多かれ少なかれ敬遠、さらには警戒、反発の態度をとってきた。直接の原因は、近年、両国関係が曲折を繰り返し、一時は国交正常化後最悪にさえなったことだが、その根源にはやはり中国の発展と中国のイニシアティブに対する誤解がある。日本の各界が「一帯一路」構想を一層理性的に扱い、さらに真剣に研究して、共に地域の発展と繁栄を目指す事業のなかで、日本自身の利益にも適い、また協力もできる部分を見いだすよう希望する。

また、政策の融合である。中日両国は共にアジアの国であり、地域協力を発展させ、地域の相互接続を強めることは双方の共通利益に適う。これまで日本政府は地域協力・開発の面で、政府が主導し、ODAが先行し、民間が後に続くという方法を作り上げている。日本政府が自国の発展を実現し中日協力を深める見地から、双方の「一帯一路」の枠組み内での協力の方法と道筋を積極的に検討し、民間の各界、特に経済界に対して牽引役を果たすことを強く期待する。

さらに、金融支援である。市場開拓には資金面の支えが必要で、沿線国の貿易と投資の拡大にはより整備された金融サービスが必要である。インフラ整備分野を例にとれば、アジアのインフラ建設需要は急速に増大しつつあり、現在、アジアインフラ投資銀行に世界銀行、アジア開発投資銀行の融資能力を加えても、巨額な資金が不足している。中国政府は開発・政策金融機関による「一帯一路」金融協力への積極的な参加を奨励しているが、日本の商業銀行は、日本の政策金融機関を通じて、また中国の商業銀行との協力を通じて「一帯一路」参画の可能性を検討すべきである。

そして、投資プロジェクトにおける協力である。日本は対中投資の対象地域を沿海地域にとどまらず、潜在力の高い中国の西部地域、東北地域に広げるべきである。また、中国企業による対日投資は、今後伸びる余地が大きい。さらに、中国は日本など、関係先進諸国と共に、技術、資金、生産能力、市場などの点において相互補完の強みを生かし、共に協議、共に建設、共に享受する原則に従い、市場の法則を守って、「一帯一路」沿線諸国で第三国協力を進める用意がある、という。

日中協力により、「一帯一路」構想が成功する可能性が高まるだろう。その結果、援助を受け入れる国々における経済発展が加速するだけでなく、中国や日本など、援助する側の国々も、石油などの資源の安定した供給源、巨大な輸出市場、そして魅力のある投資先を確保できるだろう。

グローバル公共財も協力の対象に

日中の間では、「一帯一路」における「地域的公共財」の提供を超えて、「グローバル公共財」の提供においても協力を強化すべきである。

著名な国際経済学者で、マーシャル・プラン設計にも大きな役割を果たしたマサチューセッツ工科大学のキンドルバーガー教授は、『大不況下の世界1929-1939』という著書において、1930年代に、英国から覇権交替した米国が国際公共財を提供するという役割を引き受けなかったゆえに、安全保障、貿易、金融、通貨における従来の世界システムが崩壊し、大恐慌や世界大戦が起こってしまったと論じた(Kindleberger, 1973)。この分析を念頭に、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授は、覇権の空白が国際秩序の混乱や戦争を招くことを「キンドルバーガーの罠」と名付けている(Nye, 2017)。

現在、衰退する覇権国としての米国は、環太平洋経済連携協定(TPP)、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」、イランの核開発阻止に向けた包括合意からの離脱、国連教育科学文化機関(ユネスコ)からの脱退、中距離核戦力(INF)全廃条約の破棄などに象徴されるように孤立路線に走っている。その結果、国際公共財の不足が深刻化し、国際経済秩序が動揺しかねない状態が生じている。

米国とは対照的に、中国は、上述のように積極的に国際公共財を提供するようになった。しかし、現段階では、中国が米国に取って代わるほどの国力を備えているかについてはまだ疑問である。特に、中国はソフトパワーが依然として弱く、国際社会において指導力が発揮しにくい。

米国がもはや単独では国際公共財を安定的に提供できなくなった今、世界の繁栄と安定のために、米国に次ぐ世界第2位の経済大国である中国と、第3位である日本が力を合わせて、その役割を補うことが求められる。中でも、今回の新型肺炎の流行をきっかけに、感染症対策は、日中協力の緊急課題として浮上している。

参考文献

【日本語】

  • 河合正弘(2019)「『一帯一路』構想と『インド太平洋』構想」、World Economy Report, Vol.2 、日本国際問題研究所、5月8日。
  • 程永華(2017)「程永華大使、大阪で『一帯一路』について講演」、中華人民共和国駐日本国大使館ウェブサイト、7月11日。

【中国語】

  • 国務院新聞弁公室(2019)「新時代の中国と世界」白書、9月。

【英語】

  • Kindleberger, C.P.(1973) The World in Depression, 1929-1939, University of California Press. (邦訳:石塚昭彦訳(1982)『大不況下の世界1929-1939』、東京大学出版会、石塚昭彦・木村一郎訳(2009)『大不況下の世界―1929-1939改訂増補版』、岩波書店)。
  • Nye, J. S. (2017) "The Kindleberger Trap," Project Syndicate, Jan 9.
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2020年5月26日掲載