中国では、証券業と証券市場の対外開放に向けて、当局は、2019年7月に外資による証券会社への出資制限を緩和したのに続き、9月には、適格海外機関投資家(QFII)と人民元適格海外機関投資家(RQFII)の制度における投資限度額を撤廃すると発表した。これらの規制緩和策の実施により、海外の証券会社にとって、中国におけるビジネス・チャンスが増え、海外の投資家にとっても、中国の証券市場へアクセスするチャネルが広がる。
前倒しで撤廃される外資による証券会社への出資制限
2019年7月20日に、国務院金融安定発展委員会が債券業務、資産運用業務、保険業務、マネー・ブローカー業務、証券業務を網羅した11項目からなる金融業開放策(「金融業対外開放11条」)を打ち出した(図表1)。その中には、2021年に予定されていた外資による証券会社などへの出資制限の撤廃を、1年前倒しして2020年に実施するという措置が含まれている。
管轄官庁 | 分野 | 内容 |
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中国人民銀行 | 資本とレバレッジ状況 |
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銀行保険監督管理委員会 | 資産運用業務 |
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保険業務 |
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マネー・ブローカー業務 |
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証券監督管理委員会 | 証券業務 |
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(出所)国務院金融安定発展委員会弁公室「金融業の対外開放のさらなる拡大にかかわる措置について」中国人民銀行ウェブサイト、2019年7月20日より筆者作成 |
中国証券監督管理委員会(証監会)は、今回実施される証券会社などへの外資出資制限の緩和策について、「金融供給側改革の深化、金融業における対外開放の拡大という党中央と国務院の方針に則った措置であり、開放を通じて証券市場と関連業界の改革と発展を促すという客観的ニーズに応え、改革開放に対する中国の揺るぎない决心と自信を表している」と説明している(中国証券監督管理委員会「証監会が金融業対外開放政策措置について記者の質問に答える」2019年7月20日)。
これまで、海外の証券会社は、中国に進出する際、全額出資が認められておらず、国内の証券会社と共同出資して合弁証券会社を作らなければならなかった。2019年4月現在、業務を展開している合弁証券会社は13社に上る(図表2)。
合弁証券会社 | 外資株主 | 資本金 | 外資出資比率 | 認可時期 | |
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1 | 中国国際金融股份有限公司 | 一般株主 | 41.93億元 | 41.21% | 1995年5月 |
Tencent Mobility Limited | |||||
GIC Private Limited | |||||
TPG Asia V Delaware, L.P. | |||||
名力集団控股有限公司 | |||||
2 | 中銀国際証券股份有限公司 | 中銀国際控股有限公司 (BOC International Holdings) |
25億元 | 37.14% | 2002年1月 |
3 | 光大証券股份有限公司 | 中国光大控股有限公司 (China Everbright Ltd) |
46.11億元 | 21.30% | 1996年5月 |
4 | 高盛高華証券有限公司 | 高盛(亜洲)有限公司 (Goldman Sachs Asia Limited) |
8億元 | 33%* | 2004年11月 |
5 | 瑞銀証券有限責任公司 | 瑞士銀行有限公司 (UBS AG) |
14.9億元 | 51% | 2006年12月 |
6 | 瑞信方正証券有限責任公司 | 瑞士信貸銀行股份有限公司 (Credit Suisse AG) |
8億元 | 33.3%* | 2008年6月 |
7 | 中徳証券有限責任公司 | 徳意志銀行股份有限公司 (Deutsche Bank AG) |
10億元 | 33.3% | 2008年12月 |
8 | 摩根士丹利華鑫証券有限責任公司 | 摩根士丹利(亜洲)有限公司 (Morgan Stanley Asia Limited) |
10.2億元 | 49%* | 2010年12月 |
9 | 東方花旗証券有限公司 | 花旗環球金融亜洲有限公司 (Citigroup Global Markets Asia Limited) |
8億元 | 33.3% | 2011年12月 |
10 | 申港証券股份有限公司 | 茂宸集団控股有限公司 | 43.15億元 | 34.85% | 2016年3月 |
民衆証券有限公司 | |||||
嘉泰新興資本管理有限公司 | |||||
11 | 華菁証券有限公司 | 万誠証券有限公司 | 14.048億元 | 48.83% | 2016年5月 |
12 | 匯豊前海証券有限責任公司 | 香港上海匯豊銀行有限公司 | 18億元 | 51% | 2017年6月 |
13 | 東亜前海証券有限責任公司 | 東亜銀行有限公司 | 15億元 | 49% | 2017年6月 |
- | 野村東方国際証券有限公司 | 野村ホールディングス | 10.2億元 | 51% | 2019年3月 (設立準備中) |
- | 摩根大通証券(中国)有限公司 | J.P. Morgan International Finance Limited | 4.08億元 | 51% | 2019年3月 (設立準備中) |
(注) *は51%へ引き上げる計画(認可待ち)。 | |||||
(出所)中国証券監督管理委員会より筆者作成 |
これらの合弁証券会社は、株主の性質によって4種類に分類できる。
- ①設立時期が早く、外資株主も多い中国国際金融(CICC)。1995年に中国建設銀行とモルガン・スタンレーによって設立され、2010年にモルガン・スタンレーが保有していた株式をGICなど4社に譲渡した。2015年、香港市場で株式を上場した。
- ②中央政府の管轄下の国内の金融機関が香港に設立した子会社が出資している中銀国際証券、光大証券の2社。
- ③米欧などの大手商業銀行、投資銀行が出資する合弁証券会社。2004-2011年の間に認可を受けた高盛高華証券、瑞銀証券、瑞信方正証券、中徳証券、摩根士丹利華鑫証券、東方花旗証券の6社。
- ④CEPA(中国本土・香港経済貿易関係緊密化協定)に基づき、香港やマカオの企業が出資する合弁証券会社で、2016年3月以降に認可を受けた申港証券、華菁証券、匯豊前海証券、東亜前海証券の4社。
証監会は、合弁証券会社の外資出資比率の上限を、従来の33.3%から2012年に49%に引き上げ、2018年には同上限をさらに51%に引き上げると同時に、2021年に撤廃すると発表した。現在、外資出資比率は51%までという措置はすでに実施されている。2019年7月に発表された「金融業対外開放11条」に従えば、2020年から外資による全額出資が可能になる。
また、2018年4月28日に公布された「外商投資証券会社管理弁法」では、合弁証券会社の業務範囲が緩和されている。2002年6月より施行されていた「外資参入証券会社設立規則」では、合弁証券会社の業務範囲は、原則として、①株・債券の引受け及び保証推薦、②外資株(B株、H株など、海外の投資家を対象に発行した株)の取次、③債券の取次と自己売買に制限されていたが、「外商投資証券会社管理弁法」では、これらの規定が撤廃された。
多くの海外の証券会社は、このような規制緩和を中国進出のチャンスとして捉えようとしている。現に、野村ホールディングスとJPモルガン・チェースの香港子会社がそれぞれ外資側51%出資の合弁証券会社の設立準備を進めており、すでに当局の認可を受けている(いずれも2019年3月)。大和証券グループも自ら51%出資する合弁証券会社の設立を申請している(2019年9月)。また、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs Asia Limited)、クレディ・スイス(Credit Suisse AG)、モルガン・スタンレー(Morgan Stanley Asia Limited)の三社は、すでに資本参加している合弁証券会社への出資比率を、それぞれ51%に引き上げる計画を発表しており、当局の認可を待っている。
野村ホールディングスは、中国における合弁証券会社の今後の経営計画について、「新たに設立する証券会社は、当社の強みである対面型中心のコンサルティング営業のノウハウを活かし、中国国内における富裕層個人向けウェルス・マネジメント・ビジネスから事業を開始する予定です。それにより商品販売基盤の確立を進め、ホールセール・ビジネスを含めた他のビジネスへと展開し、当社のアジア戦略の中核となるような総合証券会社を目指していきます」と説明している(野村ホールディングス株式会社「中国での証券会社設立に関する許可について」News Release、2019年3月29日)。
QFIIとRQFIIの投資限度額の撤廃
証券業の対外開放とともに、証券市場の対外開放も進展を見せている。その一環として、2019年9月10日に国家外為管理局は、海外の機関投資家に中国の証券市場への投資を認める適格海外機関投資家(QFII)と人民元適格海外機関投資家(RQFII)の制度について、投資限度額を撤廃すると発表した。その狙いは、海外の投資家による証券投資の拡大を促し、債券市場や株式市場を活性化させることである。
QFIIはQualified Foreign Institutional Investorsの略称で、資本勘定における通貨の兌換性が実現していない国において、資本取引の全面的自由化に先立って、証券市場の部分的対外開放を進めるための制度である。この制度の下では、海外の投資家が当該国の証券市場に投資するには、当局の承認を得て認められた限度額内の外貨資金を送金し、現地通貨に交換し、専用口座を通じて行わなければならない。中国では、QFII制度は2002年に導入され、同制度の下で、証監会から認可を受けた海外の運用会社、証券会社、商業銀行、年金基金などの機関が、外為管理局から認められた投資限度額内において、中国国内の証券(上場株式、上場債券、投資信託など)に投資することができる。QFIIの資格を取得した機関数と認可された投資限度額は、いずれも段階的に拡大されてきた。外為管理局によると、2019年8月30日現在、それぞれ292機関と1,114億ドルに達している。
RQFII(Renminbi Qualified Foreign Institutional Investors)とは、人民元適格海外機関投資家を指す。QFII制度では、当局の認可を受けた海外の機関投資家は、外貨を人民元に両替してA株に投資できるのに対し、RQFII制度ではオフショアで調達した人民元で本土の株式・債券などに投資することができる。RQFII制度は、2011年末に導入され、日本を含む一部の国・地域の機関投資家と国際機関に限定して認められ、各国・地域に限度額が設けられている。外為管理局によると、2019年8月30日現在、同制度の下で、15ヵ国・地域の221機関と国際通貨基金(IMF)を対象に6,933億人民元が認可されている。
厳しい資本規制が敷かれている中国では、QFIIとRQFIIは、上海・香港ストックコネクト(2014年11月運用開始)、深圳・香港ストックコネクト(2016年12月運用開始)、上海・ロンドンストックコネクト(2019年6月運用開始)とともに、海外の投資家に中国の証券市場に投資する際の限られたチャネルを提供してきた。
今回の緩和策では、QFIIの投資限度額と、RQFIIの個別機関の投資限度額と国・地域制限が撤廃された。これらの措置は、次のように中国の証券市場に新たな活力をもたらすと予想される。
まず、中国の証券市場の対外開放は加速する。近年、A株と人民元債券が、国際的な証券投資のパフォーマンスを測定するベンチマークとして世界中で広く利用されているMSCI、FTSE、ブルームバーグ・バークレイズのグローバル指数に組み入れられるようになった。これに象徴されるように、中国の証券市場は、世界中から投資先として注目されている。しかし、資本規制がネックとなり、潜在的需要は十分に満たされていない。QFIIとRQFIIの投資限度額の撤廃をきっかけに、海外から中国の証券市場への資金流入は増えるだろう。
次に、海外の機関投資家は中国国内市場へのアクセスが一層容易になる。QFIIとRQFII制度に基づいて証監会から認可を受けた海外の機関投資家は、これまで外為管理局に投資限度額を申請する必要があったため、審査、資金調達などでタイムラグとロスが多かった。今回の投資限度額の撤廃により、これらの投資家は、外為管理局に届出を提出するだけで、規定に沿った証券投資を行うための資金を、自由に海外から送金できるようになる。また、限度額不足によって投資機会を逃がすことも避けられる。
そして、投機が抑えられ、株価がより安定的になる。中国の株式市場のメインプレイヤーは短期のリターンを狙う個人投資家である。それゆえに、市場の投機性が強く、株価のボラティリティも高い。これに対して、機関投資家、特に海外の機関投資家はより長期のリターンとファンダメンタルズを重視するため、彼らの中国市場への積極的参加は、より合理的な株価の形成につながると期待される。
最後に、海外の証券会社の中国進出は加速すると予想される。本来、海外において厚い顧客層と豊富な投資経験を持っている海外の証券会社は、中国資本の証券会社と比べて、国境を越えた資金の運用と調達にかかわる業務において、強い競争力を持っているはずである。しかし、厳しい資本規制の下で、この優位性が生かされていない。海外の証券会社にとって、対内証券投資にかかわる資本規制の緩和に向けた一歩となるQFIIとRQFIIの投資限度額の撤廃は、合弁証券会社への出資制限の撤廃とともに、ビジネス・チャンスの拡大を意味する。
もっとも、今回の規制緩和は、対象が対内証券投資にとどまっており、対外証券投資には及んでいない。中国の投資家が海外の証券を取得するための最も重要なチャネルであるQDII(適格国内機関投資家)の投資限度額がいつ撤廃されるかは、証券市場の対外開放の次の焦点となる。