中国経済新論:中国の経済改革

高齢化に備えるための年金改革

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、人口の高齢化が急速に進んでいる。国際連合の統計によると、中国における60歳以上の人口の総人口に占める割合は、2010年には12.3%と、日本の1970年代後半の水準に達しており、2040年代前半には日本の2010年の水準(30.5%)に達する見込みである(図1)。高齢化は、一般的に先進国で見られる現象だが、中国は豊かにならないうちにこの段階を迎えるという厳しい試練に立ち向かわなければならず、特に年金制度の整備が急務となっている。

図1 高齢化の進展の日中比較
-総人口に占める60歳以上の人口の割合の推移-

図1 高齢化の進展の日中比較
(出所)国際連合、World Population Prospects: The 2010 Revision(予測を含む)より作成

年金制度の現状

中国では、1980年代前半まで、従来の計画経済の下で、都市部の年金制度では給付に必要な財源をすべて国が負担し、労働者自身は保険料を納める必要がなかった。しかし、その後の一連の改革を経て、保険料は国、企業、労働者が共同で負担することになった。現在、中国の公的年金制度には、従来の「都市従業者基本年金」(中国語:城鎮企業職工基本養老保険)、「公務員年金」(中国語:機関事業単位養老保険)、「農村年金」(中国語:農村社会養老保険)に加え、試行中の制度として、「都市住民社会年金」(中国語:城鎮居民社会養老保険)と「新型農村社会年金」(中国語:新型農村社会養老保険)がある(表1)。

表1 都市従業者基本年金と都市住民社会年金/新型農村社会年金との比較
表1 都市従業者基本年金と都市住民社会年金/新型農村社会年金との比較
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(注1)経過措置として、2012年1月1日から、満60歳以上の場合、保険料を納付する必要がなく、基礎年金が給付される。45歳~60歳未満の場合、15年に不足する分の保険料を納付すれば、満60歳から基礎年金が給付される。
(注2)「都市従業者基本年金」の年金給付算定方式に表記されているのは「新人」(1997年の新制度実施後に就業した従業者)の給付算定方式である。「中人」(新制度実施前に就業し、新制度実施後に退職する従業者)は新人に適用される給付に加えて、移行期給付が追加される。「老人」(新制度実施前の退職者)は旧制度の給付算定方式[(地域の前年の平均賃金)×20%+(個人口座残高/120)]に従う。
(出所)各種関連資料および中国全国老齢工作委員会弁公室「2011年度中国老齢事業発展統計公報」(2012年6月)より作成

「都市従業者基本年金」は、企業(国有企業、集団企業、株式制企業、外資企業、私営企業、個人商店等)に勤務する者を対象としており、中国の年金制度の中核をなしている。該当者が強制加入の対象となり、加入者数は2011年末に2.84億人(うち在職者2.16億人、退職者6,826万人)に達している。「都市従業者基本年金」は、社会プール基金(賦課方式)と個人口座基金(積立方式)の二本立ての仕組みで、社会プール基金は企業が賃金総額の20%を拠出し、個人口座基金は従業者が賃金の8%を拠出する。年金は、15年以上保険料を納めた者が、退職年齢(男性60歳、女性50歳[幹部55歳])に達すると給付される。所得代替率は40~50%とされている。

「都市従業者基本年金」とは対照的に、「公務員年金」は未だ国が全額負担しており、所得代替率は80%~90%と高い。

「農村年金」は、経済発展に地域差があることから、全国統一的な基金は整備されておらず、農村地域の企業も含めた任意加入の個人口座(積立方式)による年金制度である。経済発展が遅れている農村地域では人々が保険料を負担するだけの経済的余裕がないことを反映して、「農村年金」は公的年金制度の中では最も普及が遅れており、支給額も所得代替率も極めて低い。

国民皆年金制度の確立を目指して、政府は2009年に農村住民を対象とする「新型農村社会年金」を、また、2011年には「都市従業者基本年金」の加入条件を満たしていない都市部の住民を対象とする「都市住民社会年金」の一部の地域における試行(実験的実施)をスタートさせ、2012年中に実施の対象地域を全国範囲に拡大することを目指している。2011年末現在の両者の加入者数は合計3.32億人(うち60歳未満は2.40億人、年金受給者は9,185万人)に達している。

両制度は、いずれも任意加入となっている上、基本の枠組みにおいて多くの共通点を持っている。まず、財源は、主に個人納付の保険料と政府からの補助金で構成される。加入者は個人口座に積み立てる保険料を(都市住民社会年金の場合、100元から1000元まで100元刻みの10段階、新型農村社会年金の場合、100元から500元までの同5段階から)選択できる。納付金額が多ければ受給額も増加する。また、15年以上保険料を納付した加入者は、満60歳に達すると、毎月、個人口座残高の元利合計の139分の1に加え、最低55元の基礎年金が給付される。

現行の年金制度の問題点と改革の方向

このように近年、年金制度の整備が進んでいるが、未解決の問題も多く、改善の余地が依然として大きい。

まず、年金制度への加入率は未だ低く、2010年12月1日現在、都市部では84.7%に達しているが、農村部では34.6%にとどまっている(全国老齢工作委員会、「2010年中国城郷老年人口状況追跡調査主要データ報告」、2012年7月)。今後、農村部の住民、農民工及び都市部の非従業者などを対象に、引き続き加入率を高めていかなければならない。

また、各年金制度間の給付水準の差が極めて大きい。給付水準は都市部が農村部と比べて高く、前掲の全国老齢工作委員会の「報告」によると、都市部の場合、平均受給額が1,527元/月であるのに対し、農村部では、僅か74元/月ということである。都市部の中でも、公務員の給付水準が企業の従業員より遙かに高い。このように、現在の年金制度は、期待される所得再分配の機能を果たしておらず、改善が求められている。

さらに、各年金制度の管理運営が各地の地方政府に委ねられているため、都市間における年金基金の移動はできないという問題が生じている。労働力の移動が盛んになるにつれて、このような制度不備は出稼ぎ農民(農民工)などが公的年金へ加入する際の阻害要因となっている。ポータビリティの向上を目指すべく、2011年7月に実施された「社会保険法」では、「加入者が地区を越えて就労する場合、その基本年金関係も本人と共に移管し、納付年数は累計し計算する」(第19条)と明記されている。

最後に、今後、高齢化のペースが加速し、長寿化も進むにつれて、保険金を支払う世代の人数が減る一方で、給付を受ける世代の人数が増えることになり、給付のための資金を確保することは難しくなる。年金基金の運用対象が限られ、収益率も低いことも加わり、一部の地域では、個人口座の資金が賦課方式部分の給付金などに流用されるという問題がすでに発生している。資金不足に対処するために、財政資金の導入による財源の確保に加え、最終的に定年延長とともに年金支給年齢の引き上げを通じて給付額を抑えなければならないだろう。

これらの問題を解決しながら、年金制度を整備していくことは、「調和の取れた社会」の実現を目指す中国にとって、まさに避けて通れない課題である。

2012年7月30日掲載

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