中国経済新論:中国の経済改革

戸籍制度改革で加速する労働力の移動と都市化
― 三農問題の解決に向けて ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

農村での生活水準が都市部と比べて遥かに低いことに象徴されるように、「農業、農村、農民」からなる三農問題は、「調和の取れた社会」を目指す中国にとって最大の課題である。三農対策として、政府は農民に対する租税減免と補助金支給による所得増に加えて、インフラや公共サービスの向上を中心とする「新農村建設」に乗り出している。三農問題を根本的に解決するには、農民の一人当たり所得(農業部門全体から得られる所得/農民の数)を上昇させなければならないが、そのためには、二つの方法がある。一つは、生産性の向上などを通じて分子である農業部門全体から得られる所得を増やすことであり、新農村建設に関連する諸政策はそれに当たる。もう一つの方法は分母の減少、すなわち農業収入に依存する人数を減らし、大半の農民を農業から製造業、サービス業など非農業分野に転出させることである。経済発展に伴う第二次と第三次産業における労働力への需要の急拡大に加え、戸籍制度改革の進展にも促され、農村部から都市部へ大規模な労働力の移動はすでに起こっている。これを背景に、都市化が加速しており、中国経済を牽引する原動力となってきている。

中国の経済構造から見る三農問題

「三農問題」の実態は中国の経済構造とその変化を通じて見ることができる(図1)。

図1 経済構造から見る三農問題の位置付け(2006年)
図1 経済構造から見る三農問題の位置付け(2006年)
(注)産業別構成はGDP構成比
(出所)国家統計局『中国統計年鑑』2007より作成

ペティ=クラークの法則に従い、中国では経済の発展に伴い、産業構造は農業を中心とする第一次産業から工業を中心とする第二次産業へ、さらにサービス業を中心とする第三次産業へとウエイトが移っている(図2)。これを反映して、経済全体に占める農業の割合は、急速に下がってきており、改革開放路線に転換する直前である1978年の28.2%から、2006年には11.7%に下がっている。その一方で、産業全体に占める第一次産業の従事者(農民)の割合は、依然として全体の42.6%を占めている。このように、中国はもはや「農業大国」ではなくなってきているが、依然として厳然たる「農民大国」である。これに対して、全就業者の57.4%を占める第二次産業と第三次産業は、GDPの88.3%を生産している。これらの数字をベースに単純計算すると、農業部門における労働生産性は、第二次産業と第三次産業を足し合わせたものと比べると5分の1程度しかない。その分だけ、農民の収入も他の職種より低くなっている。

図2 GDPの産業別構成の推移
図2 GDPの産業別構成の推移
(出所)中国国家統計局『中国統計年鑑』2007より作成

2006年現在、農村人口は全体の56.1%に達し、前述の農業の従事者数の比率(42.6%)を大きく上回っている。これは、農村部から都市部への人口の移動は、働く人を中心に行われているからである。これを反映して、都市部と比べて、農村部では生産年齢人口(15‐60歳)の比率が低くなっている(表1)。また、都市化比率(全人口に占める都市人口の割合)の高い地域ほど、生産年齢人口の比率が高いという強い傾向が見られている(図3)。

表1 城市、鎮、農村別の人口の年齢別構成(2005年)
表1 城市、鎮、農村別の人口の年齢別構成(2005年)
(出所)中国国家統計局「2005年全国1%人口サンプル調査」より作成
図3 都市化比率と比例する各地域の生産年齢人口の比率(2006年)
図3 都市化比率と比例する各地域の生産年齢人口の比率(2006年)
(出所)中国国家統計局『中国統計年鑑』2007より作成

改革開放以前は、人口の移動が厳しく制限されていたことから、農村部と都市部の実際の人口はそれぞれ、農業戸籍人口と非農業戸籍人口(=都市戸籍)にほぼ対応していた。しかし、近年、非農業戸籍を持たない出稼ぎ労働者(「農民工」)を中心とする「流動人口」が急速に拡大しており、その数は、2006年には1億5420万人に達している。これを反映して、農村部と都市部の実際の人口が、それぞれ戸籍上の人口と大きく乖離するようになってきている(表2)。また、「流動人口」の滞在期間が長期化してきており、実質的には「定住人口」に変わりつつある。なお、「流動人口」には、就労以外の目的で滞在する場合も含まれているが、就労者だけを対象とする国務院農業センサス弁公室と国家統計局の第二回全国農業センサスによると、2006年末現在、戸籍所在地以外の場所で年間一ヶ月以上働いた人は1億3181万人に上っている。

表2 農村・都市人口と農業・非農業人口の推移
―拡大する流動人口―

表2 農村・都市人口と農業・非農業人口の推移
(注)流動人口=都市人口-非農業戸籍人口
(出所)中国国家統計局『中国統計摘要』2007より作成

農村の出稼ぎ労働力が集中しているのは、所得水準の高い沿海地域である。これを反映して、一人当たりGDPの高い地域ほど、流動人口の割合が高いという傾向が見られる(図4)。中でも、北京が38.2%、上海が32.1%、広東が31.5%と、上位 を占めている。

図4 一人当たりGDPに比例する各地域の流動人口の比率(2006年)
図4 一人当たりGDPに比例する各地域の流動人口の比率
(出所)中国国家統計局『中国統計年鑑』2007より作成

労働力の移動を促す戸籍制度改革

これだけ大規模の労働力の移動が起こっているのは、経済発展とともに、第二次産業と第三次産業における労働力への需要が高まっていることに加え、戸籍制度を始め、その妨げになっていた多くの規制が緩和されてきたからである。

中国の現行の戸籍制度は計画経済の時代の産物であり、労働力の移動を制限するとともに、雇用、住宅、教育、社会福祉など公民の権益とリンクしている。農業戸籍しか認められない農民は、勝手に都市部に転居することはできず、就職先を見つけても、国内版ビザとも言うべき「暫住」の資格しか得られない。農民工は、都市の戸籍を持っていないがゆえに、雇用の機会が大きく制限され、低賃金と長時間労働といった劣悪な労働条件を強いられている。多くの名目で、税金や費用を徴収されるにもかかわらず、医療や子供の義務教育をはじめとする都市住民が享受している公共サービスを受けることはできない。また、職を失っても、失業保障の対象にはならない。さらに、都市部で生まれた自分の子供も農業戸籍のままになっており、都市の戸籍が与えられない。このように、農民は都市部に移住しても「非」国民待遇しか受けていないのである。

農民の権利を尊重し、労働力の秩序のある移転を促すべく、中国政府は小都市を対象に、1997年から戸籍制度改革の実験を始め、2001年から全面的に展開している。また、近年、公安部を中心に戸籍制度改革の深化に関する意見がまとめられ、政府の内部で検討されている。その基本的構想は、農業戸籍と非農業戸籍の区別をなくし、農村と都市の統一された戸籍制度の下で、人々の居住の自由を保障することである。

これらの方針を受けて、多くの地方では、積極的に戸籍制度改革に取り組み始めている。すでに13の省・直轄市・自治区(河北、遼寧、江蘇、浙江、福建、山東、湖北、湖南、広西、重慶、四川、陝西、雲南)が、農業と非農業戸籍という区別を撤廃し、両方を統一させた戸籍制度を実施している。また、多くの小都市においては、現地に固定住所あるいは安定した収入さえがあれば、戸籍を得ることができるようになった。

現段階では、大都市の場合、戸籍の取得には依然として厳しい制限が加えられている。たとえば、経済特区である広東省深セン市においては、外地の者が新たに現地の戸籍を取得するには、技術能力・道徳的行為(寄付など)・納税・投資・学歴のいずれかで条件を満たさなければならないとしている。すでに「暫住」の資格を持つ住民への戸籍付与についても、条件を満たしている者を選別して行われている。このような制約は、無秩序的な人口流入を防ぐとともに、全国から大口投資家や優秀な人材を呼び寄せるために設けられている。

このように、戸籍制度改革が進展する一方で、それに対する抵抗もまだ強い。確かに、一部の慎重論者が主張しているように、農民が差別を受けることなく、自由に移動できるようになれば、短期的には、都市部における失業の圧力の増大と治安の悪化や、公共サービスの供給が不足するという恐れがある。しかし、これを口実に改革を拒むのではなく、条件を整えながら、実施地域の拡大を含めて、改革を着実に進めていくべきであろう。

加速する都市化

戸籍をはじめとする人口の移動を妨げる要因が徐々に除去されていることを背景に、中国における都市化は加速している。1978年から2007年にかけて、都市人口は1.72億人から5.94億人に増えている一方で、農村人口は7.90億人から7.28億人に減っている。その結果、都市化比率は17.9%から44.9%に上昇している(図5)。そのスピードは、1980年代の年平均0.7ポイントから、1990年代には1.0ポイント、さらに21世紀に入ってからは1.2ポイントに加速している。

都市化は、供給と需要の両面から、中国経済の高成長を牽引している、これを反映して、都市化が進んでいる地域ほど、一人当たりGDPが高いという傾向が顕著である(図6)。

まず、供給の面では、都市化は第二次産業と第三次産業の発展を通じて、多くの雇用機会を創出し、農村の余剰労働力を吸収している。また、生産性の低い第一産業から生産性の高い第二次と第三次産業へ労働力が移転することは、経済全体の生産性を押し上げる。さらに、経済活動の地域的な集中から発生する集積効果も生産性を高めている。その中には、外部経済や、規模の経済性、範囲の経済性(複数の事業や機能をまとめて提供した方が、それらを別々に提供するよりも全体のコストが少なくて済む現象)が含まれている。都市化に伴う生産性の上昇は、経済成長、ひいては所得の上昇に大きく寄与している。

図5 都市化の進展
図5 都市化の進展
(出所)中国国家統計局『中国統計年鑑』2007、2007年国民経済と社会発展統計公報より作成
図6 都市化比率と比例する各地域の一人当たりGDP(2006年)
図6 都市化比率と比例する各地域の一人当たりGDP(2006年)
(出所)中国国家統計局『中国統計年鑑』2007より作成

一方、需要の面では、都市化に伴う所得の上昇は、消費の拡大につながっている。戸籍制度改革を経て、出稼ぎ労働者が、家族と共に都市部に定住できるようになれば、住宅への需要は拡大するだろう。人口の流入に合わせて、受け入れ側も交通、電気、水道といったインフラ分野への投資を増やしながら、教育、医療などの公共サービスを充実させていかなければならない。このように、都市化は、内需拡大の有効な手段でもある。

2002年11月に開催された第16回中国共産党全国代表大会(第16回党大会)における江沢民総書記の報告では、すでに「農村の余剰労働力を農業以外の産業と都市に移すことは、工業化と近代化の必然的趨勢である」という認識が示されていた。続いて、胡錦涛総書記は2007年10月の第17回党大会の報告において、さらに一歩進んで、都市化を工業化、情報化、市場化、国際化とともに、中国が経済のグローバル化に全面的に参加することから生まれる機会と挑戦として捉えた上、「工業で農業を促進し、都市が農村を牽引する長期的な仕組みを作り、都市・農村の経済と社会の発展が一体化した新しい構造を作り上げる」ことや、「大が小を引っ張るという原則に従って、大中都市と小さな町のつりあいの取れた発展を図る」こと、さらには「大都市を核にして、波及作用の大きい都市群を形成し、新しい経済成長の極を育てる」ことの必要性を強調した。

具体的目標として、2006年から始まった第11次五ヵ年計画では、毎年900万人を農村部から都市部に移住させ、2010年の都市化比率を47%に引き上げることが掲げられている。現在の中国の都市化比率は先進国にはまだ遠く及ばないだけでなく、途上国の中でも低い部類に入っている(図7)。今後、さらなる戸籍制度改革の進展により、都市化と経済発展との好循環が定着し、三農問題も改善する方向に向かうだろう。

図7 都市化比率の国際比較(2005年)
図7 都市化比率の国際比較(2005年)
(出所)国際連合、World Urbanization Prospects: The 2007 Revision Population Databaseより作成

2008年4月8日掲載

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2008年4月8日掲載