中国経済新論:中国経済学

移行経済学の一般理論

盛洪
天則経済研究所理事

一、移行経済学の一般問題

いわゆる「移行」は、伝統計画経済から市場経済への転換プロセスを指すが、これは制度変遷という一般過程の中の一つの特定の形態に当たる。われわれは、こうした特定の制度変遷のプロセスを対象にした経済学の理論を「移行経済学」と呼んでいる。一般に制度変遷は、いかにより効率の高い新しい制度を発見するのか、そしてこのような制度をいかに実現するかといった二つの問題を取り扱うが、移行経済学は後者だけを問題としている。計画経済に比べて市場経済の方がより効率的であることを前提に、移行経済学の研究は、市場化改革をいかに実現させるかという問題に集中していると、われわれは認識している。

計画経済から市場経済への移行を完成させるにあたって、いろいろな方法があり得ることは、今までに様々な国家で行われてきた市場化改革の実践によって明らかにされてきた。これらの方法は同工異曲であるかもしれないが、同じ制度改革を達成するコストが異なるという点において、優劣を分けることができる。移行プロセスのコストに影響を与える要素はいろいろあるが、その中で最も重要となるのは、特定の改革が、一部の人に損害を与えるかどうか、もし損害が生じるならば、どれくらいの人々がどれくらい大きな損害を受けるか、という点である。総体的見ると、市場化改革は社会全体では、富の増加をもたらすが、個別に見ると、一部の人々に利益をもたらすと同時に、一部の人々には損害を与えることになる。

二つの異なる制度、あるいは二つの異なるルールが同時に存在し、一つの制度、あるいはルールの方がより高い経済効率をもたらす場合を仮定しよう。移行経済学が取り上げている一般問題とは、効率の低い制度に代わって、効率の高い制度を採用する際に、すべての人々に損害を与えないように、制度変遷をいかに実現するか、という点である。

二、利益分配をめぐって

新古典派経済学の理論ではまず、資源配分が理想的な市場環境の下で行われることを想定している。この想定の下では、すべての資源配分の改善は経済主体自身の利益の改善につながるため、望ましい利益の分配が自動的に達成され、利益分配の問題については論じる必要がないと考えられてきた。多くの人々は、資源の配分が経済学で唯一重要な問題であると判断し、資源配分の効率さえ改善できれば、利益分配の変化を含むすべての変化を無視できると思っている。このような見方を「利益分配無関係論」と呼ぼう。

多くの場合、資源配分は人と人との協力あるいは取引によって実現されるものである。従って、資源配分は当然人と人との間における利益分配に関係してくる。資源配分におけるすべての変化は、必ずそれに対応する利益分配の変化を伴う。現実の世界では、理想的な市場環境が存在しないだけではなく、企業、家庭、そして政府のような非市場的な制度が存在し、これらの非市場的制度の下では、資源配分の改善が必ずしも自動的に利益分配の改善を伴うとは限らない。場合によっては、利益分配がもっと重要な役割を果たすこともある。資源配分の状態は、特定の利益分配の構造によって決定されるケースも少なくない。多くの資源配分の改善をもたらした制度の変革は、利益衝突が解決された結果でもある。

制度変遷に伴う利益分配の構造変化は非常に重要である。適切な利益分配の方案を求めることは、市場化改革の成功のカギである。

三、割当取引

(19世紀末に活躍した制度派経済学者である)コモンズは、政府と民衆との間の取引を「割当取引」と呼んでいた。政府取引に対するこの表現は、政府取引の基本性質を非常に適切にとらえている。もちろん、政府は、公共選択の結果であり、また公共政策を実行するために設立されたものである。コモンズによれば、政府取引の特徴は「割当」である。

いわゆる割当とは、いくつかの経済変数に対する人為的な制限を指す。このような制限は、決して平等な経済主体が自分の意志に基づいて形成した意思決定ではなく、むしろ「法律上の地位が彼達より高い権威によって決定される」のである(Commons, 1990)。割当には、数量割当価格割当の二種類がある。数量割当と価格割当から、さらに第三種類の割当―価値割当―が派生する。それは、数量割当と価格割当によって構成され、具体的にはこの両者の掛け算に当たる。

割当取引には、二つの特徴がある。第一は市場取引がその対象となること、第二は強制的に執行されることである。もし強制力が存在しなければ、人々は市場均衡価格と均衡生産高だけを受け入れる。広い意味での強制力には強い交渉力と政府の権限が含まれる。

じっくり観察すると、政府によるほぼすべての取引は割当取引である。貨幣の発行、徴税、そして人権と所有権に対する保護が三つの例として挙げられる。政府による貨幣の発行は、利率(価格割当)と融資限度(数量割当)という割当的方法によって行われる。税率は政府による公共財価格の割当であるのに対して、人権や所有権を保護するのは、人身売買、私有住宅への侵入、そして著作権違反といった数量がゼロである割当であると考えることができる。これら三つの政府行為はいずれも市場の均衡価格と数量から逸脱するため、人々には政府の割当から逸脱するインセンティブが生じる。従って、政府は強制的権限によって、割当の実行を保証しなければならない。

伝統計画経済において、このような割当取引は経済のほぼすべての領域にまで及んでいる。計画は実に様々な価格割当と数量割当、あるいは両者の組み合わせによって構成されている。計画価格は価格割当に相当し、生産高指標と配給額は数量割当に相当している。

割当は市場均衡を相対にしたものなので、価格割当は当然、市場均衡価格から乖離することになる。市場におけるすべての人は、取引を通じて利益を得ることができると同時に、損失が見込まれた時に、取引を「拒否」することもできる。市場価格はまさしく数え切れないほどの「賛成」と「拒否」を反映し、売り手と買い手の限界コストと限界効用が一致する時点で成立する。市場均衡価格という条件の下では、損害を受ける人が誰一人もいない。これに対して、この均衡価格から離れた割当は、一部の人に利益をもたらす一方、損害を被る人々も現れる。

市場取引に外部性が存在している時、利益分配と資源配分は公共選択によって行われる場合が多い。公共選択の結果として、政府が割当取引を採用し、公共政策を具体に推進するのである。このような場合において、割当取引は効率的である。しかし、市場取引に外部性が存在しない時に、割当取引を採用すると、かえって非効率をもたらす(盛洪、1992)。伝統計画経済の弊害は、まさに本来市場取引がカバーできる領域まで不適切に割当取引を運用させたことにある。従って、計画経済の市場化改革は、この部分の割当取引を市場取引に転換させることを意味する。このような転換はまさしく移行の基本内容となっている。

図1 価格割当と数量割当
図1 価格割当と数量割当

四、割当取引から市場取引への転換の性質

割当取引から市場取引への転換は、取引方式、即ち制度そのものの転換であり、所有権に関するルールの転換でもある。この過程は従来の制度ルールの廃止と新しい制度ルールの設立という二つの部分からなる。割当は公共政策によって設定され、また公共政策によって廃止されなければならない。これに対して、市場取引は経済主体間における自分の意志に基づいて成立するものであり、理論上では政府の許可を必要としない。この転換に際しては、二つの問題が発生する。(1)割当取引から市場取引への転換自体が、公共財と私的財の間の中間的性質を持っており、この転換をどのような方式で完成させるのかは、非常に難しい問題となっている。(2)仮にこの転換が公共財の性質を持ち、公共選択の方式で完成させる必要があるとしたら、大体の場合、その転換の過程において必ず誰かの利益が損なわれることになり、従って従来の利益分配の構造を変える結果となってしまう。この点は、われわれが改革をしながら、従来の利益分配の構造を維持するという狙いとは一致していない。よって、市場化改革でどうしても公共選択(政府強制)の方式を採用しなければならないのか、また一部の人々の利益が必ず損なわれなければならないのかが問題となっている。

制度は、人と人との間で繰り返される相互作用の過程の結果であり、それ自体が継続性を持っている。すなわち、現存している経済主体間の取引だけではなく、新しい経済主体間の取引にも影響を及ぼす。従って、従来の制度の消滅には二つの方式があり得る。(1)すべての経済主体間の取引に影響を及ぼさなくなること、(2)現在の経済主体間の取引に限って影響を及ぼすが新しい取引には及ぼさないこと、である。第1の方式は古い制度の完全な廃止を意味し、第2の方式はそれらの継続性を廃止することを意味する。

図2 古い制度の存在と継続性を中止する
図2 古い制度の存在と継続性を中止する

この二つの異なる方式の結果はそれぞれどのようなものであろうか。周知の通り、従来の制度あるいは所有権区分ルールを廃止し、その代わりに新しい制度ルールを採用することは、所有権の区分と利益分配の構造を直接変えるため、既得権益が損なわれるものからの反対が予想される。第二の方式について、は従来の所有権の区分と利益分配の構造を承認し、新しい制度は経済における新たに増加された部分に限って適用させる。このような改革方式では、すべての経済主体に損害を与えずに、少なくとも一人が利益を受けることはあり得る。

ルールを変えること自体が一種の公共財であり、それに対しては公共選択の方式を採用すべきであるが、このような公共選択が全員一致で採用され、すべての人に損害を与えない可能性もある。これは公共選択の一般結果(少数は多数に従う)と、公共財の一般性質(外部性コストが存在すること)とは異なることを意味している。

五、所有権の区分とそのルール

所有権を区分するには異なるルールを採用することが考えられる。もちろん、異なる所有権区分のルールが、異なる人々の間における所有権の異なる区分をもたらすこともあれば、同じ区分をもたらすこともありえる。このように、所有権の区分と所有権区分のルールとは二つの異なる概念である。

従って、既存の所有権区分を変えないまま所有権区分のルールを変えることは可能である。具体的に言えば、これは二つの方法で実現できる。第一の方法は、既存の所有権区分のルールは、新たに増加された資産の所有権区分には一切適用できないように制限する一方で、新たに増加された資産の区分に新しいルールを適用する。第二の方法は、従来の所有権区分のルールについては、今後継続しないように中止する一方、既存の所有権区分を承認するという前提の下で、新しい所有権区分のルールを導入し、すべての所有権の新しいルールの下での変更を可能にする。

所有権区分ルールには、「所有権初期区分のルール」と「所有権売買のルール」がそれぞれある。一般的には、所有権の初期区分のルールに、先着原則、労働原則と法定原則があるのに対して、所有権売買のルールは、移転許可と移転禁止の二つの形がある。計画経済体制では、所有権は政府によって強制的に作り上げられ、市場における所有権の自由な移転は許されない。

移行経済学が取り扱うのは、主に国有所有権に関わるこのような所有権区分のルールの変更である。

六、所有権の交換性が制度変遷に及ぼす意義

新しい所有権の区分ルールを新たに増加された資産に適用することは、所有権領域における「増量改革」と呼ばれている。計画経済から市場経済への移行プロセスにおいて、所有権の「増量改革」は所有権の取引に必要な条件を提供している。一方では、増量改革は大量の非国有資産及びその所有権を作り出している。これらのすべては、国有所有権との取引をする際の欠かせないパートナーなのである。もう一方では、新たに増加された非国有所有権との間に市場が形成され、これは国有所有権の取引を行うためのいわば参照価格を提供している。これを基礎に、国有資産は自由に取引できるようになり、所有権制度変遷のプロセスにおいて、すべての人々に損害を与えないという前提の下で、所有権制度自身を最終的に変えることが可能になったのである。

この制度変遷は二つの段階によって構成されている。第一の段階では、新たに増加された非国有資産の市場価格が形成され、これを受けて、国有資産ストックの市場価値も評価できるようになったのである。このような市場価値は計画価格による評価との間には、当然差が生じる。なぜなら、計画経済においては、利益構造が硬直的で、計画価格を調整するコストが非常に高いため、計画価格は当然一種の固定価格体系となっている。これに対して、市場価格は常に変動している。ある国有資産の市場価値は計画価格より高いこともあれば、逆にそれを下回ることもある。この時、仮に計画価格体系を廃止し、国有資産を市場価格に基づいて取引させるならば、一部の人々に利益をもたらすと同時に、一部の人々に損害を与えることになろう。しかし、計画価格を反映した従来の利益分配の構造を承認する前提の下で、市場価格と計画価格との間の「計画権利」の価値を対象とする取引―例えば、割当、指標といった形式の「計画権利」を売買すること―を許可すれば、完全に異なる結果となるであろう。すなわち、経済主体が「計画義務」を「放棄」しても、「計画権利」を「免除」にしても、補償を受けることになるため、誰一人として損害を受けることがないことになる。

図3 計画権利と計画義務
図3 計画権利と計画義務
説明:A市場の中でのRp は売り手の計画権利であるに対して、B市場中でのOpはその計画義務である。売り手はその計画権利によって、計画義務を相殺することができる

国有資産に対する取引が確立されれば、計画権利と計画義務は消滅することになるだろう。所有権を定める古いルールが廃止されると同時に、新しい計画権利が成立しても、「売買」あるいは「相殺」といった方法によって消滅される。ここでいう「相殺」の意味は、計画権利に対応する計画義務の部分を帳消しにすることである。計画体制の下で、殆どの企業の間、そして企業と政府の間にも「計画権利」と「計画義務」が同時に存在している。

国有資産を市場価格で取引することが可能になれば、このような取引はもはや富の再分配という特徴を持たなくなる。この時、企業の国有所有権は取引によって、非国有所有権に転換することができ、国有企業の所有権の制度が、所有権についての取引によって、変えられるようになる。

七、基本的結論

これまでの分析から、われわれは計画経済制度から市場経済制度への転換を試みる際、理論的にすべての人に損害を与えない改革の道が存在するという結論にたどりついた。その道には、以下のいくつかの重要なポイントが含まれている。

  1. 既存の所有権以外の新たに増加された資産に対しては、新しい所有権の区分のルールを実施すること。
  2. 新たに増加された資産は市場ルールに基づいて取引すること。
  3. 既存の資産の所有権については、市場で評価された権利及び価値を市場で取引することを認め、「相殺」、「買い上げ」あるいは「資本化」などの手段で、計画経済によってもたらされた権利を最終的には消滅させること。
  4. 国有資産を含むすべての資産及びその所有権が市場において、自由に売買できるとき、従来の所有権制度が取引を通じて、より効率の高い所有権制度によって取って代わられ、所有権制度改革が完成すること。
  5. 既存の所有権に対して、従来の所有権区分のルールをそのまま維持し、新たに増加された資産に限って、新しいルールを適用させる方法は、だれにも損害を与えないため、公共選択において、理論上、全員一致で採択できること。
  6. すべての市場ルールに基づく取引は、経済主体双方の意志で行われるもので、他人に損害を与えることがないこと。

2002年4月22日掲載

文献
  • Buchanan, James, and Wagner, Richard, Democracy in deficit: the political legacy of Lord Keynes, Academic Press, INC.,1987.
  • Commons, John R., Institutional economics: its place in political economy, New Brunswick and London, 1990.
  • Olson, Mancur, The Rise and Decline of nations, Yale University Press, 1982.
  • 盛洪、「改革の安定方案を求める」、「経済研究」、1991年第1期;
    -「市場化の条件、限度と形式」、「経済研究」、1992年第11期;
    -「計画均衡から市場均衡へ」、『盛洪集』、黒龍江教育出版社、1996年(1996a) p464;
    -「外貨割当取引:計画権利取引の一つの案例評論」、『中国制度変遷案例研究』、第一集、上海人民出版社、1996年、1996(b)。

2002年4月22日掲載

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