汎用AI時代を福音に変える「美意識革命」のすすめ

執筆者 藤 和彦 (上席研究員)
発行日/NO. 2017年12月  17-P-035
ダウンロード/関連リンク

概要

「30年後に汎用AI(人工知能)の実用化により人間の労働の大半が失われる」との懸念が高まりつつある。18世紀後半の産業革命で多くの雇用が失われ雇用状況が改善したのは30年後以降であり、汎用AI時代到来でも同様の事態が起きる可能性があるからだ。このため需要の大幅減少を防ぐために「ベーシックインカムを導入すべき」との声が上がっているが、市場での交換(有用性)を前提としている経済社会のあり方(「働かざる者食うべからず」という価値観)が根強く、日本での導入は非常に困難である。
ケインズは1930年「100年後の人間は1日の労働時間が3時間となり、高潔で上手な1日の過ごし方を教示する人を尊敬するようになる」と汎用AI時代を見越したかのような予言を行ったが、安定的な社会を築く方策には触れていない。
ドラッカーは1969年「2025年頃までに『知識社会』が実現し、『知識』が資本となる」と主張したが、汎用AI時代到来後の「知識」はコモデイテイ化するだろう。
社会に先駆けてAIの挑戦を受けた将棋界の羽生善治は「AIにない人間の特性を『美意識』だ」と指摘するが、汎用AI時代ではAIが創造できない身体(生命)性に立脚した「美」が希少性を有するようになるのではないだろうか。
筆者は脳科学などの知見(美の判断を報酬系部位が行う、美は「正義」の感情を惹起するなど)や最近の若者の動向(地下アイドルの隆盛、1億総オタク化、インスタ映えなど)、「美意識」が日本にとって社会秩序の要だったことにかんがみ、今後「知識社会」が「美意識社会」に変化していくと考えるに至ったが、「知識」が社会に普及するにつれてその性質を変えたように、「美」のあり方も変わっていかなければならない。
筆者が考える美意識社会における「美」のあり方は以下のとおりである。
(1)個別作品(モノ)よりも人々の行動(コト)の中に美を見出だす(2)美の効用は身体動作を通じた生命エネルギーの活性化である(3)美で社会を活性化するためには日々の精進が欠かせない(4)美の創造は天賦の才よりも個々人の努力が決め手となる(美的創造の平等性)(5)「自らの生理的な『快』を求めながら他者への配慮をする」という日本本来の美意識(身体感覚に敏感)を重視する(6)動的な美(特に歌と踊り)が有する社会秩序形成機能を活用する(7)美意識は有効な資源であるとの発想に立ち、潜在的に市場性を有する美の活動を拡大させる方策を講じる(特に美的活動に目覚め始めた若者の動きを支援する)
「美意識社会」の実現には市場を活用することが基本だが、最初の段階で「美」の潜在的需要を堀り起こすため、「美意識社会」だった江戸時代の庶民の暮らしぶりを参考に「互いに美の作り手と受け手となる仕組み(たとえばコミュニティ・アート組合)」を構築した上で、地方自治体などが地域通貨を発行するなどの支援を講ずることが有効だろう。また各人が美意識の基盤となる「趣味力」を涵養することや「美意識」を普及・向上に資する活動に対して社会的効用(外部経済性)の観点から公的支援を行うことが必要である。美意識社会を構築すれば、ベーシックインカムを導入しなくてもマクロ経済上のバランスを保つことができるばかりか、美の創造を通じて「人間性」を回復させることでこれまで以上に幸せな生活を実現することができるのではないだろうか。