欧州における電力・ガス事業再編の背景と構造―企業、主権国家、国際組織によるマルチプル・ゲーム―

執筆者 白石 重明  (上席研究員)
発行日/NO. 2008年7月  08-P-005
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概要

本稿は、欧州における国際的なM&A等による電力・ガス事業再編の背景を具体的に分析し、再編の構造を「企業、主権国家、国際組織、という異なる原理に基づいて行動するプレイヤーによるマルチプル・ゲーム」というフレームワークによって理解し、将来に向けた政策的インプリケーションを得ようとする試みである。

近時、欧州では国際的M&A等による電力・ガス事業再編の動きが活発であるが、その背景は、以下のとおりである。

・制度要因:資本移動の自由というEUの原則論の下、株式公開買付に関するEU指令の加盟国での国内法制化により買収防衛策に関するルールが明確化されるなど、制度面でM&A環境が整えられてきたこと

・事業環境要因:特に電力・ガス事業については、「持続可能で競争力があり、かつ安定したエネルギー供給」という理念の下、欧州統一市場の創設を目指した動きが活発化しており、こうした事業環境の変化に対応するための戦略として国際的M&Aが位置づけられたこと

・マクロ経済要因:欧州域内の経済成長が続く中で、収益基盤の拡大を目指す企業戦略として大規模M&Aが注目される一方で、豊富な流動性により資金調達が容易であったこと

こうした中、特に注目を集めた2006年2月に始まるドイツE.ONによるスペイン・エンデサの買収劇は、当事者となった両社のほか、イタリア・ENEL等の買収参入者、スペイン政府、EU委員会といった関係者を巻き込んで事態が推移し、最終的には、E.ONの買収断念と見返りとしての資産獲得という形で一応の決着を見た。この事例をマルチプル・ゲームのフレームワークによって分析すると、以下のような含意が導かれる。

・主権国家が追求する国益、企業が追求する利潤、国際組織が追求する全体の利益は、それぞれが異なる原理に基づく価値であり、経済グローバル化は非特性関数形ゲームである。異なる価値間の調整は、メタ決定としての政治的(民主主義プロセス)決定であり、一義的な理論的正解はない。具体的に吟味が求められる点は、個別具体的な状況に照らして判断される国益の内実である。本事案でのスペインの条件付けは、具体的な国益の内実を念頭に置いた1つのモデルとして積極的評価も可能であり、これを違法とした欧州司法裁判所の判断の射程は慎重に見る必要がある。

・買収側、被買収側の双方にとって有益であるM&Aが最も好ましい結果をもたらす。その前提として十分な情報開示が必要である。いわゆるTOB合戦は、双方に大きな負担となる可能性があり、WIN-WINを生み出す妥協が現実的で好ましい結果をもたらす。企業防衛策が強力である場合には、副作用も大きくなる可能性が強く、導入・発動の条件について慎重な検討が必要である。

また、今後の検討課題としては、以下のような点が指摘できる。

・現在、国際的M&Aに関する主権国家、企業、国際組織の追及する異なる価値の対立の調整は、(1)主権国家による外資規制等、(2)企業レベルでの企業防衛、(3)(EUであれば域内の競争政策といった)国際レベルでの調整、といった複層的な制度によって行われているが、あるべき制度については成熟したコンセンサスはない。それぞれの規制根拠や規制の程度は異なっており、また、企業レベルの防衛策と外資規制との相互関係等についても、様々な類型が存在する。これらの実態をさらに分析し、今後の制度設計に活かしていくことが必要である。

・特にエネルギーセクターにおいては、エネルギーセキュリティの確保を念頭において、外資問題をどのように捉え、制度設計に取り込むかが検討される必要がある。そのためには、より広い視野から、「資本関係とエネルギーセキュリティ」について洞察する必要がある。