ノンテクニカルサマリー

最低賃金引き上げの影響:数値目標設定以降の分析

執筆者 森川 正之(特別上席研究員(特任))
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.問題の所在

最低賃金法の改正が行われた2007年頃から、最低賃金の引き上げが積極的に行われるようになった。2006年から2025年までの間、消費者物価上昇率を補正した一般労働者の実質平均賃金が2.7%低下した(年率▲0.1%)のに対して、実質最低賃金は37%上昇した(年率+1.7%)。「骨太方針2026」は、「遅くとも2030年代前半できる限り早期に全国平均1,500円を達成する」としている。

同時に、「地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げる等、地域間格差の是正を図る」という政府の方針もあって、近年、最低賃金の低い都道府県ほど引き上げ率が高い傾向があり、最低賃金の地域差が縮小している。ただし、都道府県によって最低賃金引き上げの方針には違いがあり、最近は、中央最低賃金審議会の示す「目安」を大幅に上回る最低賃金引き上げを行う県が現れている。しかし、賃金の地域差は生産性や物価の違いを反映するので、最低賃金の「空間的均衡」からの乖離が大きくなっている可能性がある。

最低賃金決定の内生性に対処するため、日本では2007年の最低賃金法改正に伴う生活保護水準との逆転解消を外生的な政策要因とした推計が行われてきた。しかし、生活保護水準との逆転は2014年には解消されたため、2010年代半ば以降はこの方法では分析できない。

2.分析方法と結果の要点

本稿は、「経済産業省企業活動基本調査」のパネルデータを使用し、「働き方改革実行計画」(2017年)で最低賃金の中長期的な数値目標が設定されて以降の最低賃金上昇が企業の賃金、雇用、利益率、生産性に与えた影響を分析する。複数の都道府県に事業所を持つ企業は特定の都道府県の最低賃金と対応させることができないので、1企業1事業所のサンプルに絞って分析する。複数の事業所を持つ企業と比べて平均規模が小さく、同調査対象企業の中では最低賃金上昇の影響を相対的に強く受ける可能性のある企業が分析対象である。

最低賃金の内生性に対処するため、隣接する都府県の最低賃金水準とのギャップを最低賃金引き上げ率の操作変数として用いる。近年の都道府県別最低賃金の改定に当たり、隣接県に見劣りしない水準にすることが意識されていること(=最低賃金引き上げ競争)が背景である。実際、推計結果によれば、隣接県と比較して自県の最低賃金が低いほど、最低賃金の前年比引き上げ幅が大きくなる傾向が明瞭に観察される。

第二段階の推計結果の要点を示したのが図1である。ここでは、都道府県最低賃金の前年比引き上げ幅が1標準偏差大きいときの効果を示している。最低賃金上昇は平均賃金にプラス、雇用(常時従業者数)、利益率にマイナスの有意な関係である。一方、労働生産性、TFPに対する最低賃金の係数は有意ではない。

図1.都道府県最低賃金引き上げの効果
図1.都道府県最低賃金引き上げの効果
(注)推計結果に基づき、最低賃金の前年比変化が1標準偏差大きい場合の効果を図示。ROA以外は%、ROAは%ポイント。薄色の棒は統計的に有意でないことを意味。

3.政策含意と留保

最低賃金引上げは政治的に人気のある政策だが、労働需要側の影響は看過されがちである。生産性や物価、平均賃金が地域によって異なることを考慮して適切な水準に設定しないと、地域経済に意図せざる悪影響を持つおそれがあるというのが政策含意である。

ただし、本稿で用いたデータは最低賃金の影響を強く受ける可能性がある従業者50人未満の企業が対象外であること、企業の退出や企業間での雇用再配分を通じた経済全体への効果は扱っていないこと、近年の最低賃金研究で注目されている製品・サービス価格引き上げによる消費者への転嫁は扱っていないことなど多くの限界があることを留保しておきたい。