| 執筆者 | 畠山 樹輝凪(大阪大学)/中山 一世(大阪大学)/大竹 文雄(ファカルティフェロー) |
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| 研究プロジェクト | 機能するEBPMの実現に向けた総合的研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「機能するEBPMの実現に向けた総合的研究」プロジェクト
1.背景と研究目的
先天梅毒は、妊娠中に母親から胎児へ梅毒が感染することで生じ、死産や新生児死亡、生まれた子どもの神経や骨の異常などにつながりうる重篤な疾患である。日本では、先天梅毒の報告数は2023年に37例(前年比+17例)と大きく増加し、その後も年間30例以上の高い水準が続いている。妊娠中の感染を早く発見し、適切な治療につなげることは、その予防において重要である。
日本では、自治体への妊娠届の提出後に母子健康手帳や妊婦健診受診票が交付され、妊娠初期の健診・梅毒検査などに接続される。このため、妊娠届の早期提出は、先天梅毒予防につながる重要な入口となっている。
日本においては、この早期提出は概ね実現している。2019年には妊婦の93.5%が妊娠11週以内に妊娠届を提出していた。その一方で、時間制約などから早期の届出が難しい人々が、少数ながら存在するのも事実だ。行政が妊娠を把握するのは通常、妊娠届が提出された時点であり、その時点では、これらの人々に早期提出を促す機会はすでに失われている。本研究は、母子の健康を守るため、どのような情報が早期提出の意向を高めるのか、特に提出が遅れやすいと予測される人々にどのような情報が有効なのかを検証した。
2.研究の方法
2024年3月、直近2年以内に出産経験のない18〜39歳女性を対象にオンライン調査を実施し、9,220人の回答を分析した。参加者を、情報を示さない統制群と、①梅毒の感染拡大と妊娠届提出・妊婦健診受診という予防策(先天梅毒予防群)、②出産・子育て応援交付金事業(ギフト群)、③妊婦健診で受けられる感染症検査を中心とする情報(検査促進群)、④梅毒の感染拡大と治療可能性・早期受診や治療の重要性(治療方法群)を伝える4群に無作為に割り付けた。ギフト群と検査促進群には同じ情報を示し、支援と検査のどちらをより強調するかを変えた。その後、将来妊娠した場合に妊娠11週以内に届け出たいかを尋ねた。
さらに、直近2年以内に出産した女性1,925人の実際の届出時期と属性・行動特性から「提出の遅れやすさ」を予測する指標を作成し、調査参加者に適用して、遅れやすさによる情報の効果の違いを比較した。この指標により、届出前の妊婦を直接把握して実験への参加を求めなくても、提出が遅れやすい層に有効な情報を検討できる。対象者の把握が難しく、妊娠初期の負担にも配慮が必要な状況で、情報提供のあり方を事前に検討できることが、この研究の特徴である。
3.主な結果
まず、情報を提示していない統制群において、梅毒や先天梅毒に関する知識の水準を確認した。梅毒感染者の急増や母子感染による先天梅毒について明確に知っていた人は約3割、「1回の注射で治療できる場合がある」と知っていた人は約1割にとどまった。早期の検査や治療に関わる情報は、十分には共有されておらず、情報の不足がボトルネックになっている可能性が示唆された。
次に、情報提供が早期提出意向に与える効果を確認した。妊娠11週以内に届け出たいと回答した割合は、統制群の36.1%に対し、先天梅毒予防群では42.9%(6.8%ポイント増)、治療方法群では40.3%(4.3%ポイント増)となり、いずれも統計的に有意に高まった。平均的には、先天梅毒予防群の効果の推定値が最も大きく、具体的な予防行動を伝えたことが、幅広い層に効果的であったことが示唆される。ギフト群と検査促進群では、統計的に有意な差は確認されなかった(図左)。
一方、妊娠届の遅延リスクが高いと予測された群と低いと予測された群では、情報の効果に違いがあることがわかった。遅延リスクの高い層では、治療方法群の効果が9.5%ポイントと、4つの情報提供群の中で推定値が最も大きかった(図右)。さらに、参加者を遅延リスクの低い順に5つに分けた分析でも、最も遅延リスクが高いグループでは治療方法群の効果が8.7%ポイントで、統計的に有意だった。同じグループにおける先天梅毒予防群の効果は2.0%ポイントであり、平均的に効果の大きい情報が、最も提出が遅れやすいと予測される層にも同じように有効とは限らないことが示唆された。
この効果の背景を探るため、情報提供によって関連知識がどのように変化したかを調べた。治療方法に関する情報は、遅延リスクの高い層を含め、「早期であれば1回の注射で治療できる場合がある」という知識を大きく改善していた。この情報が、治療に伴う不安や、時間・経済的負担への予期を弱めた可能性が考えられる。
また、地方ブロック別の分析では、遅延リスクの高い層で、地域によって有効な情報が異なる可能性も示唆された。今後、地域に応じた、より効果的なメッセージを検討する余地がある。
4.政策への示唆・解釈上の留意点
これらの結果から、情報発信について主に次の2点が示唆される。第一に、幅広い層への広報では、先天梅毒の深刻さとともに、「妊娠届を早く提出し、妊婦健診を受ける」という具体的な行動まで示すことが考えられる。第二に、提出が遅れやすい層には、感染のリスクを強調する情報だけでなく、早期であれば治療できることを伝え、治療に伴う不安や負担の予期に働きかける情報も重要と考えられる。
遅延リスクの高い層を事前に正確に特定することは難しい。そのため、一般向けの情報発信にも治療可能性を組み込み、妊娠届提出前の段階から届くようにすることが現実的な選択肢となる。妊娠検査薬のパッケージや添付文書、妊娠に関連する検索時の広告、医療機関で妊娠の診断を受けた際の案内などは、その接点として考えられる。何を伝えるかに加え、必要な情報をどこで届けるかも、実地で検証する必要がある。
ただし、本研究が測定したのは実際の提出行動ではなく、将来の提出意向である。また、ギフト群の結果は経済的支援そのものの有効性を否定するものではなく、使途制限のない現金給付を明示した情報や、届出前の初回受診費用の事前助成を検証したものでもない。
本研究の結果は、平均的に最も反応が大きい情報と、政策的に重要な遅延リスクの高い層の意向を最も高める情報が一致しない可能性を示している。公衆衛生上の広報を設計する際には、平均効果だけでなく、対象者が直面する行動上の障壁に応じて情報内容を検討する必要があるといえるだろう。