| 執筆者 | 菊地 雄太(近畿大学)/久保 克行(早稲田大学)/山野井 順一(早稲田大学) |
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| 研究プロジェクト | 企業統治分析のフロンティア |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト
本研究では、日本の中小企業が買収された前後で、従業員の賃金がどのように変化するかに注目した。主な結論は以下の通りである。被買収企業における賃金は、買収後には上昇する傾向があり、特に買収前から在籍していたと考えられる従業員でその傾向が顕著であった。ただし、非買収企業においては、そのほかの企業と比較して買収前から、賃金が上昇する傾向にあることに注意が必要である。
中小企業のM&Aを考える際には、M&Aが企業価値や利益に与える影響が注目される。このことは重要ではあるが、それだけでなく、従業員の処遇への影響を考慮する必要がある。買収によって雇用や賃金が削減されるのであれば、企業価値が上昇しても社会的に見て望ましくない可能性がある。一方、経営管理の改善等によって生産性が向上し、従業員にも利益が分配されるのであれば、社会的にも望ましいといえる。本研究は、こうした議論の基礎となる事実を示すことを目的とする。対象は買収された中小企業であり、合併や買い手企業の従業員賃金は分析していない。
分析には、2015~2023年の厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の調査票情報と、東京商工リサーチの企業・買収情報を接続したデータを用いた。延べ約109万件の従業員観測、約2.8万社を対象に、主として無期雇用の正社員・正職員について検討した。うち被買収企業は約1,100社で、買収前年の従業員数が300人以下の企業に限定している。
主な結果は、買収後の平均賃金が買収前より高いことである。表1に示すとおり、所定内給与は月額約26.8万円から約28.3万円に、時間当たり賃金は約1,586円から約1,725円になっている。一方、所定内労働時間、残業時間、勤務日数は買収後の方が少ない。したがって、賃金の上昇を、単に長く働くようになったためと説明することは難しい。同じ年齢で比較しても買収後の賃金は高く、年齢構成の変化だけでは説明できない傾向がみられる。
買収時期の違いを考慮した分析でも、買収前から在籍していたと考えられる従業員では、買収後の賃金上昇が比較的明瞭に観察された。この結果は、買収後に生み出された利益が従業員にも分配される可能性と整合的である。上場企業間の合併を分析したKubo and Saito (2012)も平均賃金の上昇を報告しており、本研究との共通点がある。ただし、企業規模、取引の形態、データや分析方法が異なるため、結果を直接比較する際には留意が必要である。
政策的には、中小企業の買収が必ずしも賃金低下を伴わないという事実は、M&Aと従業員の処遇を考える上で参考になる。ただし、本研究では、買収される企業と買収されない企業の賃金が買収前に同じように推移するという「平行トレンド」の仮定が満たされていない。そのため、買収を促進すれば賃金が上昇するという政策効果まで示したものではない。買収前の賃金動向や買収対象となる企業の選択を考慮した分析が必要である。
今後は、生産性の向上が賃金上昇の源泉となっているかを直接検証するとともに、買い手の規模や業種などの特性による違い、買い手企業の従業員賃金、合併と買収の違いを分析する必要がある。これらを明らかにすることが、中小企業M&Aを通じた経営改善と従業員の処遇改善の関係を理解する上で重要である。