ノンテクニカルサマリー

日本の公立病院における効率性と全要素生産性の決定要因に関する実証分析

執筆者 石川 貴幸(神奈川大学)/乾 友彦(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト サプライチェーンマネジメントと生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「サプライチェーンマネジメントと生産性」プロジェクト

日本の公立病院は、少子高齢化や医療技術の高度化に伴う医療費高騰の中、地域医療の「最後の砦」として極めて重要な役割を担っている。これまでの一連の公立病院改革では、収支改善や病床削減といった「財務面の効率化」が強く意識されてきた。しかし、公立病院の本来の目的は、限られた医療資源(医師、看護師、病床など)をいかに効率的に質の高い医療サービスへと変換するかにある。本研究は、2007年から2023年までの全国の公立病院のパネルデータを用い、各病院の全要素生産性(TFP)および技術的効率性を計測し、持続可能な地域医療提供体制を構築するための政策的条件を提示する。

本研究の実証分析から得られた主要な発見は以下の3点である。

  • 技術的効率性の計測において、非効率性関数に病床数を加えた結果、病床数の係数は負で有意となった。このことは過剰な病床数は資本の稼働率を低下させ、効率性を悪化させる要因であることを示している。
  • 技術的効率性を被説明変数、補助金医業収入比率、病院が属する都道府県内での医業収入のハーフィンダール・ハーシュマン指数を説明変数とした分析の結果、両変数の係数は有意に負の値となった。このことは地域の病院を単に集約・独占化するのではなく、適度な競争が存在する方が病院の効率性は高まることを示している。一方、過度な補助金への依存は経営規律を弛緩させる可能性がある。
  • TFPを被説明変数とし、技術的効率性やその他の変数を説明変数とした分析の結果、医師平均年齢及び看護師平均年齢には逆U字の関係が確認された。このことは医療従事者のTFPに対する効果にはピーク(医師45歳、看護師31歳付近)が存在し、組織としての「世代間バランス」が生産性を左右する可能性があることを示している。また、研究開発(R&D)への投資はTFPを有意に向上させることが確認された。

これらの実証結果を踏まえ、今後の公立病院政策に向けて3つの提言を行う。

1. 競争環境の重要性と補助金依存からの転換

現在推進されている公立病院改革では、「再編・ネットワーク化」を通じた機能の集約が重要な柱となっている。しかし、データが示す事実は、単に医療機関を統廃合して地域医療を一本化するよりも、複数の医療機関が併存し適度な競争環境が維持されている方が、病院の効率性が高まるということである。再編による規模の経済を追求するあまり、競争による効率化のインセンティブを奪ってしまうリスクには十分に留意すべきである。また赤字補填的な補助金への依存は、いわゆる「ソフトな予算制約問題」を生み、経営陣の規律を弛緩させる要因となる。再編ありきの議論から脱却し、適度な競争環境の維持と補助金依存からの脱却を促す制度設計が求められる。

2. 世代間の最適ミックスと「人的資本投資」としての働き方改革

医療従事者の生産性を最大化するには、個人のスキルだけでなく「組織全体の年齢構成(世代間ミックス)」が極めて重要になる。

図1:年齢が全要素生産性(TFP)に与える効果
図1:年齢が全要素生産性(TFP)に与える効果

本研究の推計では、病院全体のTFPは、看護師の平均年齢が31歳、医師が45歳付近の時に最大化される(図1参照)。これは、夜勤など肉体的負荷の高い実働を担う「20代の若手層」と、経験豊富で現場のリーダーとして機能する「30代以降の中堅・ベテラン層」が最もバランス良く配置された最適な医療体制が、この年齢付近で構築されていることを示唆している。

特に看護職において、生産性の限界効果がピークとなる30代前半は、女性において出産や育児といったライフイベントと重なる時期である。この最も生産性が高い時期にある人材の離職を防ぐための柔軟な勤務形態の導入や復帰支援、さらには熟練層から若手へのタスク・シフトを進めることは、単なる福利厚生ではなく、病院全体のTFPを押し上げる生産性向上策になる。

3. 地域医療供給の安定性と効率化

過剰な病床は資本の稼働率を低下させ、病院の技術的効率性を悪化させることが確認された。しかし、平時の効率化のみを追求し、病床や人員の余剰をなくした病院は、新型コロナウイルス感染症の拡大や自然災害といった予期せぬマクロショックに対して極めて脆弱になる。従って単純な効率性の追求のみを目的とした病床削減ではなく、地域医療の安全網としての医療供給能力をいかに確保し、その維持コストを誰が負担するのかについて、議論を深める必要があるだろう。

公立病院の「経営強化」とは、単なるコストカットを意味していない。データが示しているのは、研究・研修費といった医療技術基盤への投資、適度な競争環境の維持、そして世代間の補完関係を活かした柔軟な働き方の実現こそが、長期的なTFP向上に寄与するということである。今後の地域医療政策においては、人的資本と組織マネジメントに焦点を当てた前向きな政策転換が急務であると考えられる。