ノンテクニカルサマリー

近すぎて通えない:学習支援事業の教育効果と社会的スティグマによる参加回避

執筆者 浅川 慎介(佐賀大学)/阿部 眞子(日本経済研究センター)/大竹 文雄(ファカルティフェロー)/佐野 晋平(神戸大学)/名方 佳寿子(摂南大学)
研究プロジェクト 機能するEBPMの実現に向けた総合的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「機能するEBPMの実現に向けた総合的研究」プロジェクト

教育格差は世界共通の政策課題であり、低所得世帯の子どもが抱える学力および非認知能力の不利な状況は、将来の生涯所得に至るまで持続的な不平等を生み出す。この格差是正のため、日本を含む多くの国や自治体で「学習支援事業」が実施され、多額の公的投資が行われている。

しかし、その政策的効果や有効性を検証する上では、いまだ解明すべき2つの学術的に重要な課題が残されている。「第一に、学習支援は本当に子どもの教育成果を改善するのか」「第二に、無償かつ地理的にアクセス可能であるにもかかわらず、なぜ多くの対象者が参加しないのか」である。これまで、データの制約や選択バイアスの問題から、これらの問いに対する厳密な実証研究はほとんど行われてこなかった。

本研究は、兵庫県尼崎市の詳細な行政データ(学習支援、尼っこ調査、住民基本台帳)を接合した独自のパネルデータを構築し、生活保護・困窮世帯の児童生徒を対象に、学習支援への参加行動プロセスとその教育効果とそのメカニズムを実証的に明らかにする。

主な分析結果

本研究から得られた主な知見は以下のとおりである。

第一に、学習支援教室への参加行動において、標準的な経済学の前提(施設が近いほど利用確率が高まる)を覆す逆説的な現象が確認された。行政区分である「学校区」を分析に用いた結果、教室が自分の学校区内(生活圏内)にある場合、児童生徒の参加確率は有意に低下することが明らかになった。(図1) 一方自宅から教室への距離を4段階で示す説明変数(距離ダミー1,2,3,4で数字が小さいほど近い)の係数はほとんど有意ではなく、距離の影響は認められなかった。(図2) これは物理的な「遠さ」が障壁なのではなく、近接することによって家族の福祉受給が同級生や近隣住民に露見するリスク、すなわち「社会的スティグマ」を恐れて、価値ある公的サービスを戦略的に回避していることを示している。この傾向は、長期間の参加を検討する児童生徒ほど顕著であった。

第二に、継続的に学習支援に参加した児童生徒には、明確な教育効果が認められた。選択バイアスを考慮した推計の結果、高い出席率・継続期間を維持した児童生徒は算数/数学の成績が有意に向上し、女子においては国語の成績および外向性(非認知能力)の改善も確認された。メカニズムとして、プログラムへの参加により週あたりの学習時間が4〜5時間増加していることが分かった。これは、事業が単なる学習指導にとどまらず、生産的な学習習慣を形成する「構造化された環境」として機能していることを示唆している。

政策的含意

本研究の結果は、今後の貧困対策事業や学習支援プログラムの設計に対して、以下の重要な示唆を与える。

第一に、福祉スティグマによる参加率低下を防ぐための「匿名性」に配慮した設計である。本分析では、教室が学校区内にあると参加確率が有意に低下する傾向が確認された。これは「クラスメイトに生活保護受給世帯だと知られたくない」という心理的抵抗の表れと言える。したがって、施設配置においては学校区内という近接性のみを重視せず、入館理由が特定されにくい商業施設等を選定すべきである。こうした匿名性の確保と、学校区外の教室を選べるようにするなど地理的制約を緩和し、自ら教室を選べる「広域選択制」の導入が、潜在的な対象者を支援に繋ぐ鍵となる。

第二に、教室網の拡充による「潜在的待機層」の救済である。本調査によると定員超過により過去数年間で111名が参加を断念しており、需給の不一致が深刻である。シミュレーションの結果、現在案内を受けていない層は、案内済みの層よりも参加意欲が10%ポイント高いことが示された。待機状態を解消するために教室の定員を拡充し、現在は優先順位から外れている層に対しても積極的に案内を広げることで、支援を真に必要とする層へリーチし、地域全体の教育水準を底上げする体制整備が急務である。

第三に、継続利用を促す「インセンティブ設計」と「伴走型支援」の強化である。本研究では週4〜5時間の学習時間増加を介して、特に算数・数学の成績向上が確認された。この効果を享受するには「高い参加率」と「長期継続」が不可欠である。そのため、目標達成に応じた評価体系などの意欲向上策を導入するとともに、中断リスクが高い「ひとり親世帯の女子」等に対し、家庭環境に配慮した柔軟な開所時間の提供や個別声掛けを行う「伴走型サポート」を充実させ、教育成果を最大化させる継続的な利用を担保すべきである。

図1:児童生徒の学校区が教室の学校区・隣接区にあることの参加に与える影響:参加頻度および継続期間別の分析
図1:児童生徒の学校区が教室の学校区・隣接区にあることの参加に与える影響:参加頻度および継続期間別の分析
図2:児童生徒の学校区と学習支援教室の地理的距離が参加行動に与える影響
図2:児童生徒の学校区と学習支援教室の地理的距離が参加行動に与える影響