ノンテクニカルサマリー

クラスの女子比率がSTEM分野への大学進学に与える影響

執筆者 石倉 秀明(慶應義塾大学)/林 良平(高知工科大学)/中室 牧子(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 労働市場における男女格差の原因と対策 ― 人的資本、教育、企業人事、職業スキルの観点からの理論及び計量研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「労働市場における男女格差の原因と対策 ― 人的資本、教育、企業人事、職業スキルの観点からの理論及び計量研究」プロジェクト

近年、科学・技術・工学・数学(STEM)分野における人材の確保は各国にとって重要な課題となっており、とりわけ女性のSTEM分野への進学割合の低さは、経済成長やイノベーションの観点からも大きな政策課題とされている。日本においても、女子の理系進学率は依然として低く、男女格差の要因を明らかにし、その是正に向けた実証的知見が求められている。これまでの研究では、こうした格差は主に学力や能力差によって説明されることが多かったが、近年では同級生との相互作用やロールモデル、社会的規範といった要因の重要性が指摘されている。本研究は、こうした視点から、クラスにおける女子の割合(女子比率)が高校生のSTEM分野への進路志望および実際の進学にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的とする。

本研究では、埼玉県内の12校の高校生を対象とした全国模試の個票データを用い、高校在学中の進路志望の変化と最終的な大学進学先を追跡的に分析した。このデータの特徴は、生徒の学力だけでなく、各時点での志望分野が観察可能であり、同一の生徒が高校入学から卒業までどのように進路選択を変化させるかを動学的に把握できる点にある。また、日本の普通科高校では高校2年進級時に文系・理系の選択が行われ、それに伴いクラス編成が大きく再編成されるという制度的特徴がある。本研究は、この文理選択という制度的転換点の前後でクラスのピア構成が変化することに着目し、その影響を識別している。

分析の結果、クラスの女子比率がSTEM志望に与える影響は一貫したものではなく、文理選択の前後で大きく異なることが明らかになった。具体的には、高校1年生の段階では、女子比率が高いクラスに所属する女子ほどSTEM志望から離脱しやすい傾向が確認された。一方で、文理選択後の高校2年生以降ではこの関係が逆転し、女子比率が高いクラスほど女子がSTEM志望を維持しやすくなることが示された。この結果は、ピアの性別構成の影響が単純に一方向に働くのではなく、クラス内の進路志向や制度的環境と相互作用しながら変化することを示している。

さらに分析を進めると、重要なのは単なる女子の人数ではなく、どのような進路志向を持つ女子と同じ環境にいるかであることが明らかになった。文理選択前の段階では、文系志向の女子が多い環境においてSTEMからの離脱が促される一方で、文理選択後にはSTEM志向の女子が多い環境がSTEM志望の維持を支える役割を果たしている。このことは、ロールモデル効果や同調圧力といった社会的相互作用が進路選択に影響している可能性を示唆している。また、これらの効果は主として女子において観察され、男子では明確な影響が確認されなかったことから、同一のピア環境に対して男女が異なる反応を示すことが、STEM分野における男女格差の一因となっている可能性がある。

加えて、クラスの女子比率が学力そのものに与える影響を検証した結果、女子比率の上昇が学力や相対順位に与える影響は限定的であり、本研究で観察されたSTEM志望からの離脱を学力の低下によって説明することは難しいことが示された。この結果は、STEM分野における進路選択が単なる能力差ではなく、社会的・心理的要因によっても大きく左右されることを示唆している。

さらに重要な点として、クラスの女子比率は高校在学中の進路志望だけでなく、実際の大学進学先にも影響を及ぼしていることが確認された。文理選択前の女子比率の上昇は女子のSTEM系学部への進学確率を低下させる一方で、文理選択後の女子比率の上昇はSTEM進学を促進する方向に働く。このことは、高校在学中のピア環境が進路意向の形成を通じて、その後の教育選択にも持続的な影響を与えている可能性を示している。

以上の結果は、STEM分野における男女格差の是正に向けた政策設計に重要な示唆を与える。第一に、進路選択のタイミングによってピア環境の影響が大きく異なるため、介入の時期が極めて重要である。第二に、単に女子の人数を増やすのではなく、STEM志向を持つ女子の可視化や相互作用を促進するような環境設計が有効である可能性がある。第三に、学力向上だけでは不十分であり、ロールモデルの提示や自己効力感の形成といった社会的要因への働きかけが不可欠である。

本研究は、日本の教育制度に特有の文理選択という制度的転換点を活用し、ピア環境と進路選択の関係を明らかにした点に特徴がある。これらの知見は、日本に限らず、教育制度の中でピア環境がどのように形成されるかを考慮することの重要性を示しており、STEM分野における男女格差の理解と政策設計に新たな視点を提供するものである。