ノンテクニカルサマリー

日本企業のCEO報酬決定:個別データを用いた実証研究

執筆者 宮島 英昭(ファカルティフェロー)/齋藤 卓爾(慶應義塾大学)/今野 靖秀(デロイト トーマツ)/辻 一真(デロイト トーマツ)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

本研究は、日本企業のCEO報酬の実態とその決定要因を、1億円未満の報酬も含む個票データを用いて実証的に分析した。日本では2010年以降、1億円以上の役員報酬のみが個別開示の対象となったが、多くの企業はこの基準に達しておらず、これまでの研究は高額報酬層に偏るというサンプル・セレクション・バイアスを抱えていた。本研究は、デロイトトーマツと三井住友信託銀行による役員報酬サーベイを利用することで、この制約を克服し、日本の上場企業CEO報酬の全体像を把握しようとする点に特徴がある。

CEO報酬は株主と経営者の利害を一致させる主要なガバナンス手段と位置づけられている。米国では1980年代以降、ストックオプションの普及とともに報酬水準が急上昇し、企業規模の拡大と結びついて高額化が進んだ。他方、日本では長らく報酬水準は低く、固定給中心で業績感応度も小さいと指摘されてきた。1990年代後半にストックオプションが導入されたものの、本格的な変化は限定的であった。

転機となったのは2015年のコーポレートガバナンス・コード導入などの企業統治改革である。報酬方針の明確化、報酬委員会の設置、譲渡制限付株式(RS)の税制整備などを通じ、業績連動型報酬、とりわけ株式報酬(LTI)の活用が制度的に後押しされた。この結果、2016年以降、特に2021年以降に報酬総額は明確な上昇トレンドを示すようになった。図1は本研究の分析対象となった企業群のCEO報酬総額と固定給、短期業績連動給(STI)、株式報酬(LTI)の平均値の推移を示している。総額の平均値は2016年の6204万円が2023年には9083万円となっており、約50%増加している。このCEO報酬の増加に寄与したのは固定給ではなく、短期業績連動給(STI)および株式報酬(LTI)の拡大である。同期間に短期業績連動給は1013万円から2287万円へ約2.2倍増加し、株式報酬は531万円から1560万円へ約3倍増加している。

図1:CEO報酬の総額、内訳の推移(平均値)
図1:CEO報酬の総額、内訳の推移(平均値)

このような報酬の伸びは全体の傾向ではなく、企業規模別に顕著な格差が確認された。企業価値で上位層に属する大企業では、CEO報酬は平均で約1.1億円から2億円程度へと大幅に増加したのに対し、小規模企業ではほとんど上昇していない。また企業規模別の報酬構成を見ると、短期業績連動給および株式報酬が大きく増えたのは規模の大きい企業に偏っていた。このように近年のCEO報酬増加は大企業においてのみ見られる現象であり、その要因は業績連動給、株式報酬の拡大であったと言える。

図2:企業規模別のCEO報酬総額の平均値の推移
図2:企業規模別のCEO報酬総額の平均値の推移
※企業規模は、G1(25パーセンタイル以下)、G2(25~50パーセンタイル)、G3(50~75パーセンタイル)、G4(75~90パーセンタイル)、G5(90パーセンタイル以上)

報酬額の決定要因の計量分析では、米国などと同様に企業規模(企業価値)が最も強い正の影響を持つことが確認された。ただし、規模の効果は米国の約半分であり、これは米国と異なり、日本には経営者の企業間移動が少ないことが理由の一つと考えられる。さらに興味深いのはガバナンスの効果である。米国では社外取締役や機関投資家のモニタリング強化は報酬抑制と関連することが多いが、日本ではむしろ社外取締役比率や機関投資家持株比率が高い企業ほどCEO報酬が高い傾向が観察された。これは、日本におけるガバナンス改革が「抑制」よりも「インセンティブ強化」を志向してきたことを示唆している。

総じて本研究は、日本のCEO報酬は近年確実に上昇していること、その上昇は主として大企業で発生していること、報酬構成が固定給中心から業績連動型へとシフトしていること、ガバナンス改革が報酬増加と正の関係を持つこと、を実証的に明らかにした。これは、日本のCEO報酬は依然として米国より低水準ではあるものの、企業規模拡大とガバナンス改革を背景に、株式報酬を軸とする国際的潮流へと接近しつつあることを示している。