| 執筆者 | 川上 淳之(東洋大学)/石田 三成(東洋大学)/岩崎 雄也(青山学院大学) |
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| 研究プロジェクト | 包括的資本蓄積を通した生産性向上 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「包括的資本蓄積を通した生産性向上」プロジェクト
2011年3月の東日本大震災は、津波・地震・原子力災害が複合した未曾有の災厄として、地域経済と雇用構造に長期的な影響を与えた。本研究は、震災によって引き起こされた企業・雇用の動態をミクロレベルで解明し、復興政策、とりわけ復興特区税制がどの程度、事業再建や雇用維持・創出に寄与したかを検証した。
使用データは、総務省・経済産業省による「経済センサス」(2009〜2021年)の個票であり、分析においては、事業所の参入・退出、従業者数の増減を経年的に追跡し、津波浸水域データと事業所の地理情報をGIS上で統合し、物理的被害の程度と企業動態を空間的に分析した。さらに、復興特区税制(第37条:特別償却・税額控除、第38条:被災雇用者税額控除)の活用事業所を公表情報から特定し、非活用企業との比較を通じて「企業活動基本調査」から得られる雇用および投資への制度効果を推計した。
「経済センサス」の個票データを用いた分析の結果、震災直後の2012〜2014年にかけて沿岸部では事業所退出率が急上昇し、特に津波浸水地域では75%に達した。一方で、2016年以降には新規参入と雇用回復が進展し、従業者数の回復ペースは事業所数を上回った。業種別にみると、製造業が縮小する一方、建設業・医療福祉・宿泊業など復興需要対応型産業が拡大しており、産業構造が再編されつつあることが確認された。
さらに、本研究では「企業活動基本調査」(2010〜2019年)の企業レベルデータと復興特区税制の活用事業者名簿を組み合わせ、第37条(投資減税)および第38条(被災者向け給与に対する控除)の効果を企業ごとに検証した。企業が特区税制の適用を受けた年を基準としたイベントスタディによって政策の効果を時系列で捉えた結果、第37条の適用を受けた企業では、適用年に有形固定資産当期取得額が69%増加し、1〜3年後も22〜33%程度の増加が継続した。これらの投資増加は企業の資本ストックにも反映され、固定資産残高が13〜21%程度上昇したことが確認された。すなわち、第37条は震災後の被災企業に対して明確な投資促進効果を持ち、生産基盤の再建を後押ししたと考えられる。一方、第38条については、給与総額・従業員数ともに短期的に小幅の増加がみられる期間はあるものの、効果は持続的・統計的に安定したものではなかった。これは、第38条が「新規雇用の創出」ではなく「震災時点の従業員の雇用維持」を目的とする制度であり、雇用を大きく削減する企業が対照群にも少なかったことから、差として効果が検出されにくかった可能性が高い。
政策的含意として、本研究は以下の示唆を与える。第一に、災害後の企業動態は単なる「回復」ではなく、退出と再参入が併存する動的な再編過程であり、地域経済の再生には時間を要する。この過程において、事業所の移転などにともなう企業・事業所の退出が生産性に与える影響を震災の初期時点から把握し、対照する必要があること、および、この回復期においてどのような産業構造や経営構造の変化があったのかもあわせて、長期的な視点で分析をする必要があるといえる。また、本分析においては、被災地において災害危険区域からの事業所の退出が確認されたが、それらが事業からの撤退を示すものか、移転を示すものかは特定できなかった。事業活動の補助を継続する観点からも、事業所の移転も含めた把握可能な調査も必要であると考えられる。また、回復期において災害危険区域およびその周辺への参入率が高い点から、継続的な災害対策が求められることも確認された。
第二に、復興政策がどの経済メカニズムに働きかけるかによって効果が大きく異なることを示している。第37条の投資減税は、設備投資のコストを直接引き下げる仕組みであるため、企業の投資行動を速やかに活性化し、生産基盤の再建を強力に後押しした。一方、第38条は「雇用創出」ではなく「被災者の雇用維持」を目的とした制度であり、対照群でも雇用削減がほとんど生じなかったため、企業全体の雇用や給与の増加として効果が検出されにくかったと考えられる。制度の対象が震災時点の被災従業員に限定されている点も、企業全体の雇用行動を大きく変えるには射程が狭かった可能性がある。以上を踏まえると、復興政策の設計においては、目的(投資回復・雇用維持など)と対象範囲を明確に分け、それぞれに適した政策手段と評価指標を選択することが重要である。