このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト
AI技術開発は、日本企業の何を変えているのか
―生産性、組織再編、そしてビジネス・ダイナミズム―
人工知能(AI)技術は、近年急速に発展し、多くの企業で導入や研究開発が進んでいる。しかし、AIが企業の生産性や雇用、さらには産業構造全体にどのような影響を与えているのかについては、必ずしも明確な実証結果が蓄積されているとは言えない。とりわけ日本においては、AI技術の経済的影響を、企業レベルから産業レベルまで一貫して分析した研究は限られている。
本研究は、『経済産業省企業活動基本調査』と知的財産研究所(IIP)の特許データベースを統合した大規模な企業パネルデータを用い、AI関連特許を指標として、日本企業におけるAI技術開発が生産性、企業組織、そして産業全体のビジネス・ダイナミズムとどのように関係しているかを明らかにすることを目的としている。
AIは「すぐに生産性を上げる技術」なのか
本研究の第一の重要な発見は、AI技術開発と生産性の関係が、単純ではないという点である。AI技術開発を行っている企業は、中長期的には高い生産性水準を示す傾向が確認される一方で、導入前後の期間には特徴的な動学的パターンが観察される。
具体的には、AI技術開発の開始前後に、一時的な生産性の低下がみられ、その後に生産性が上昇する傾向がある。この動きは、新しい技術を導入する際に必要となる試行錯誤や業務プロセスの見直し、データ整備や人材配置の調整といった「調整コスト」を反映している可能性がある。一方で、生産性が変化している企業がAI技術開発を選択している可能性も否定できない。重要なのは、AI技術開発が「即効性のある生産性向上策」ではなく、企業の内部構造や業務の進め方を変える過程を伴う技術である可能性が示唆される点である。
AIは雇用を奪うのか、それとも仕事を変えるのか
AIに関してしばしば議論されるのが、「雇用への影響」である。本研究の分析では、AI技術開発を行う企業において、総雇用が大きく減少する傾向は確認されなかった。一方で、研究者や技術者など、高度な専門知識を持つ労働者の比率が上昇する傾向が観察された。
この結果は、AIが労働を単純に代替するというよりも、企業内の仕事の内容や必要とされるスキル構成を変化させている可能性を示唆している。すなわち、AIは雇用を減らす技術というよりも、「仕事の中身を変える技術」として機能している側面が強いと考えられる。
AIはすべての企業に同じ恩恵をもたらすのか
本研究は、AI技術開発の効果が企業間で一様ではないことも示している。具体的には、AI技術開発と生産性の正の関係は、図1のように、もともと生産性水準が高い企業や規模の大きい企業において、より明確に観察される。一方で、生産性の低い企業や規模の小さい企業では、AI技術開発と生産性の関係は相対的に弱い、あるいは不明瞭である。
この結果は、AI技術が単独で生産性を押し上げるというよりも、データ基盤、人的資本、組織能力といった補完的資源と組み合わさることで初めて効果を発揮する性質を持つことを示唆している。すなわち、AIの経済的効果は、企業の初期条件や異質性に大きく依存している。
この点は、AIが「誰にでも等しく恩恵をもたらす技術」ではなく、「企業間の差を拡大させ得る技術」である可能性を示すものであり、AIとビジネス・ダイナミズムの関係を理解する上で重要な示唆を与えている。
AIは企業を「拡大」させるのか、「引き締める」のか
本研究のもう一つの重要な発見は、AI技術開発と企業組織の関係である。一般に、新技術の導入は企業の事業拡大や多角化を促すと考えられがちである。しかし、本研究の結果は、AI技術開発企業において、子会社や関連会社の数が必ずしも増加せず、むしろ減少する傾向があることを示している。
これは、AI技術が企業にとって、単に事業を拡張するための手段ではなく、重複する業務や非効率な組織構造を整理し、事業の選択と集中を進めるためのツールとして使われている可能性を示唆している。AIによるデータ統合や意思決定の高度化が、企業境界の再編を促していると考えられる。
産業全体では何が起きているのか
企業レベルの変化が積み重なった結果として、産業全体ではどのような変化が生じているのだろうか。本研究では、Olley–Pakes分解を用いて、産業内での生産性の高い企業への市場シェア再配分を分析した。
その結果、AI技術開発が進んでいる産業ほど、生産性の高い企業がより大きな市場シェアを獲得する傾向が強いことが確認された。これは、AI技術開発が産業内の競争や資源配分のあり方と深く結びつき、「ビジネス・ダイナミズム」を強化している可能性を示している。図2は電子部品・デバイス産業を例に挙げ、産業内のAI技術開発の程度と企業間の資源の再配分効果の関係を見せたものである。
本研究では、AI技術開発を「企業内部の生産性向上」にとどめて捉えるのではなく、企業組織の再編や産業内の資源再配分といった、より広い経済構造の変化と結びつけて分析している。AIは、単に効率を高める技術ではなく、企業のあり方も変え、結果として産業の構造や競争の姿を変えていく可能性を持つ。本研究は、日本企業の詳細なミクロデータを用いることで、そうした変化の一端を実証的に示している。
本研究の結果は、AI政策を考える上でいくつかの示唆を与える。AI技術開発は、短期的な成果のみで評価されるべきではなく、企業の組織再編や人材構成の変化を伴う中長期的なプロセスとして捉える必要がある。また、AIの効果を最大限に引き出すためには、研究開発支援だけでなく、データ統合、人材再配置、組織再編に伴う調整コストを低減する制度設計が重要となる。AI技術開発を、日本経済のビジネス・ダイナミズムを高めるための基盤として位置づけ、技術政策、競争政策、労働政策を相互に整合的に設計することが、今後の重要な課題である。