| 執筆者 | 山口 一男(客員研究員) |
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| 研究プロジェクト | 労働市場における男女格差の原因と対策 ― 人的資本、教育、企業人事、職業スキルの観点からの理論及び計量研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「労働市場における男女格差の原因と対策 ― 人的資本、教育、企業人事、職業スキルの観点からの理論及び計量研究」プロジェクト
本稿は筆者が最近開発した「不平等の要素分解分析に結果の決定関数の多様性を仮定する有限混合モデルを結び付けた分析モデル」を用い、所得の男女格差のうち仲介変数(学歴、勤続年数など所得に影響する達成に関する変数)の男女差により「説明される格差」について、所得決定式の異なる潜在クラスごとに格差の要素分解分析を行うことで、男女格差の生成メカニズムの多様性を明らかにしている。男女の不平等に関し、どのような仲介変数を通じてどの程度格差が生まれるか、という要素分解分析は従来も行われてきたが、本稿の目新しい点は、「所得を決定するメカニズムは単一でなく、複数あって、それぞれいわば異なる労働市場を形成していると考えられ、またそれらの市場ごとに男女の所得格差を生むメカニズムも異なる」という観点を分析モデルに取り入れ、またそのようなモデルが観察されるデータとより良く適合することを示し、かつ格差の要素分解分析を、そのような複数の異なる労働市場に応用した点である。それにより本研究は不平等解消政策に関し、新たな発見と政策の緻密化の指針を与えている。
用いた統計モデルはまず、観察される集合レベルでの所得決定方式は幾つかの異なる所得決定方式の確率的混合物を見て、潜在的に異なる幾つかの所得決定方式を仮定すると、観察される結果(所得)のばらつきがより良く説明できるか否かを見ることで、(1)いくつの潜在クラス(潜在的な所得決定方式の異なる労働市場)があると仮定するモデルがデータと最も適合するのか、(2)それぞれの潜在クラス、市場の大きさ、平均所得、女性割合などの構成員の特性などの基本特性は何か、(3)それぞれの潜在クラス内での個人所得の決定要因は何かをまず明らかにした後に、(A)それぞれの潜在クラス内で、男女の所得格差を生み出す要因は何か、(B)潜在クラス内ではなく、潜在クラスの区別と性別割合との相関を通じて、即ち潜在クラス間の各差が男女格差に結びつくメカニズムを通じて、男女の所得格差を生み出す要因は何か、を明らかにしている。用いたのは日本版総合社会調査(JGSS)の2000-2018年のデータで、分析対象は25-64歳で、調査時点で過去一年以上継続して雇用され、また週20時間以上従業している男女である。結果の変数は個人の年間所得の対数である。
分析結果は、まず潜在クラスが1つ(所得決定式が一様のモデル)より2つ、2つより3つと仮定するモデルが遥かに良くデータと適合し、潜在クラスが一つの通常の回帰モデルの場合、結果の分散の64%を説明するのに対し、3つの潜在クラスを仮定すると分散の89%が説明されることを示した。また3つの潜在クラスは以下の主な特性を持つことを明らかにした。
潜在クラス1:労働市場の50.3%を特徴づける最大の潜在クラスで、平均所得は3潜在クラスの中で最も高く、男女の所得格差も比較的小さい。成員は、他の潜在クラスに比べ、大卒者と従業員1,000人上の大規模企業の雇用者が多く、またほぼ全員(98.2%)が正規雇用者である。結果として女性割合は約29%と比較的小さい。
潜在クラス2:労働市場の46.2%を特徴づける今一つの大きな潜在クラスで、平均所得は潜在クラス1より低く、男女の所得格差は比較的大きい。成員は、他の潜在クラスに比べ、高卒者と従業員30-299人の中小企業雇用者が多く、約3分の2が正規雇用者、3分の1が非正規雇用者である。女性割合は約半数(49.7%)である。
潜在クラス3:労働市場の3.5%を特徴づける小さな潜在クラスだが、平均所得が最も低いのに、男女の所得格差は最も大きい。成員は他の潜在クラスに比べ、中卒と従業者30人未満の零細企業雇用者が多く、半数以上の58%が非正規雇用者である。女性割合は65%と最も高い。
またこれらの3つの潜在クラスの重要な違いは、これが従来の研究にはない本稿の最も目新しい発見であるが、男女格差を説明する要因は潜在クラスにより顕著な違いである。これは、表1にまとめており、表1は「説明される男女の所得格差」、つまり勤続年数など仲介変数が、男女で同じになれば取り除ける格差、についてどのような仲介変数が最も格差を生み出すかという、格差への寄与度について、潜在クラス別にまとめている。
表1が示すように、「説明される」男女格差の要因は潜在クラスによって大きく異なる。特に日本型雇用制度の特徴とされる長期雇用と長時間労働重視については、男女格差の原因としては、前者(長期雇用重視)が比較的平均所得が高く、女性割合の小さい潜在クラス1内での格差の主な要因、後者(長時間労働重視)が比較的平均所得が低く、女性割合の高い潜在クラス2内での格差の主な原因と、いわばきれいに分かれたことが特筆に値する。また潜在クラス1と3でのみ、経営管理職の割合の男女差が格差に大きく影響する。またこれらの発見は、男女の所得格差解消の主な手段として、潜在クラス1に代表される勤続年数や年齢への所得の見返りが大きく、その意味で企業内労働市場の特性を持つ市場では、女性の継続就業の増進と経営管理職昇進の機会の平等化が重要で、中小企業に多く見られる潜在クラス2が代表する市場では、長時間労働重視の労働集約的働き方から、時間当たりの生産性を重視する働き方に切り替われるかどうかが鍵となることが示唆された。
なお、雇用形態と学歴の男女差の影響については、主として潜在クラス内の男女格差に対してではなく、これらの仲介変数の潜在クラス間の男女差を通じて男女格差に寄与することも判明した。特に平均所得の最も高い潜在クラス1は98%が正規雇用者だが、女性の非正規雇用割合が男性より遥かに大きいため、潜在クラス1内の女性割合を大きく減少させることが男女所得格差へ大きく影響している。雇用形態が賃金構造自体の決定要因となることは、経済が低迷し始める1990年代以降人件費削減を重視してきた日本企業が、非正規雇用をその近視眼的な「経営合理化」の手段としてきたことの結果を示唆する。この結果同じ企業の従業者でも雇用形態によって全く異なる賃金構造のもとにおかれる制度が定着化したと考えられる。もしそうであれば、現行の非正規雇用制度は長期的には人財の不活用を生みだすという意味で経済合理性を欠く差別的制度であり、その改善もしくは撤廃が望まれることを示唆する。