| 執筆者 | 杉田 壮一朗(慶應義塾大学)/中室 牧子(ファカルティフェロー) |
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| 研究プロジェクト | 機能するEBPMの実現に向けた総合的研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「機能するEBPMの実現に向けた総合的研究」プロジェクト
研究の目的
クラスサイズ縮小(少人数学級)の効果は、その政策的重要性から国内外で長く研究されてきたが、その関心は主に学力への効果に向けられてきた。しかし、学力への効果に関する実証研究の結論は一致せず、特に日本国内での研究の蓄積は乏しい。こうした中、近年は、教員と児童生徒間の関係、学級の雰囲気、子どもの精神的健康といった、学級環境に注目する研究が増えている。さらに、良好な学級環境が、子どものその後の発達や、成人後の所得・就業といった長期的なアウトカムにまで影響することを示す研究も蓄積されつつある。本研究は、こうした流れを踏まえ、クラスサイズの縮小が「学級環境の質(教員と児童生徒間の関係、学級の雰囲気、学校内における問題行動の程度等)」を改善するかを検証した。クラスサイズの縮小が、従来の学力指標を超えた政策的価値を持つかを明らかにすることが本稿の目的である。
分析方法
本研究は、埼玉県学力・学習状況調査(以下、埼玉県学調)の2017〜2024年における個票パネルデータを用いている。この調査は、県内(さいたま市を除く)全市町村の公立小中学校の小学4年生から中学3年生までを悉皆調査しており、1学年あたりのサンプルサイズは約30万人に及ぶ。
クラスサイズを単純に説明変数とした分析の結果にはバイアスがあることが知られている。問題を抱えた児童生徒があえて小規模学級に配置されたり、経験豊富な教員が手のかかる学級に割り当てられたりするため、クラスサイズが他の要因と相関してしまうからである。本研究は、このバイアスを避けるため、政策的なクラスサイズ上限(マイモニデス・ルール)を利用する。日本では義務標準法により、1学級の上限が40人と定められており、学年の児童生徒数が40人ならば1学級だが、41人になると20人と21人の2学級に分割される(2021年より段階的に小学校の35人学級が進められているが、本稿で用いているサンプルにはほとんど影響しない)。そして、同様の変化が40の倍数の前後で生じる。この不連続なクラスサイズの変化は、学年人数の偶然の増減によって生じるため、外生的とみなすことができる。本研究では、学年人数から計算される「予測クラスサイズ」を操作変数とする2段階最小2乗法(2SLS)を用い、さらに学校固定効果や児童生徒固定効果を加えることで、観察されない要因の影響を取り除いた。
分析結果
分析の結果、クラスサイズを10人縮小すると、教員と児童生徒間の関係の指標と学級の雰囲気の指標がいずれも約0.03〜0.04標準偏差(SD)改善し、効果は統計的に有意であった(本文表3)。学校質問紙による行動面の指標でも、不登校で0.08 SD、学習規律で0.26 SD、暴力・問題行動で0.15 SDの改善がみられた(本文表4)。ただし行動面の指標に対する推定は学校・学年・年単位の集計データに基づく分析であるため、推定値が上方にバイアスを持つ可能性があり、上限値として解釈すべきである。これらの効果はコロナ禍の前後で安定しており、小学校段階に集中していた。
一方、学力(国語・算数/数学のテストスコア)への効果は小さく、児童生徒固定効果を加えるとほぼゼロとなった(本文表5)。これは、同じ埼玉県学調を用いて学力への効果が認められないとした先行研究(Ito et al., 2020)を、2024年まで観察期間を延長したうえで再現するものであり、日本ではクラスサイズの縮小の学力への効果が限定的であるとする先行研究とも整合的である。また、就学援助率の高い(社会経済的に不利な)学校で、より大きな効果がみられた。すなわち、クラスサイズの縮小の便益は、テストスコアではなく、学級の雰囲気や教員と児童生徒間の関係、学校での行動面といった非学力的な経路を通じて現れていることが示唆される。
政策的含意
本研究の結果は、日本の公立学校制度の文脈において初めて十分に理解できる。日本の公立学校では、教員の採用・配置は都道府県の教育委員会が担っており、個々の学校や市町村が教員を選んで採用する裁量はほとんどない。したがって、優れた教員を選抜して教員の質(teacher value-added)を直接高めることは、学校や地方のレベルで利用できる政策手段ではない。これに対し、クラスサイズは国の教職員定数の基準によって決まり、国や都道府県の判断で調整することができる。
この制度的制約をふまえると、クラスサイズの縮小は、日本の教育行政制度の中で教員と児童生徒間の関係や学級の雰囲気を改善しうる政策手段の1つであり、政策的検討に値する。本研究は、クラスサイズの縮小の価値が学力という従来の指標にとどまらず、教員と児童生徒間の関係や学級の雰囲気、学校での行動面の改善といった非学力的な側面に及ぶことを、日本の大規模な個票パネルデータによって示した点に意義がある。
ただし、本研究の観察期間は児童生徒1人あたり約1年であり、ここで確認された「学級環境の質」の改善が、長期的な学歴や労働市場の成果に結びつくかどうかは、今後の課題として残されている。クラスサイズのデータとより長期の追跡を組み合わせた研究が、これらの効果の持続性とその後の帰結を評価するうえで有用であろう。