ノンテクニカルサマリー

事業多角化と炭素パフォーマンス

執筆者 佐々木 隆文(中央大学)/牛島 辰男(慶應義塾大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

脱炭素化に向けた投資には膨大な資金が必要であり、パリ協定の目標達成には2030年までに世界全体で毎年数兆ドルの資金が必要と見込まれている。このような状況の下では、従来金融制約が弱いと考えられてきた大企業でも深刻な資金制約に直面する可能性がある。例えば、日本製鉄では脱炭素に向けた研究開発に4000億円以上、設備投資に4〜5兆円規模の投資を計画している。 このような脱炭素投資に向けた資金調達に関し、先行研究では、グリーンボンドなどの外部資金調達が脱炭素に及ぼす影響について分析が行われてきた。その一方、内部資金が脱炭素に及ぼす影響、とりわけ多角化企業の内部資本市場の役割については、ほとんど研究されてこなかった。本研究は多角化企業が脱炭素に及ぼす影響をコインシュランス効果(事業セグメントキャッシュフロー間の相関の低さ)に着目して分析する。

脱炭素に向けた投資には、1)投資金額が大きい、2)長期的なプロジェクトである、3)社会情勢の変化等により投資成果の不確実性が大きいという特徴がある。このような特徴から、脱炭素投資は内部資金への依存度が高くなる可能性がある。その一方、コインシュランスが高い企業では、1)企業全体のキャッシュフローが安定することによりグリーンボンドなどの外部資金調達が行いやすくなる、2)内部資本市場による資金再配分(キャッシュフローが潤沢で投資機会に乏しい事業セグメントから脱炭素投資が必要な事業セグメントへの資金移動)から脱炭素に関わる資金制約が緩和される可能性がある。

この仮説を検証するため、東京証券取引所に上場する非金融企業を対象に、2006〜2019年のパネルデータを用いて実証分析を行った。脱炭素投資の金額を公表データから計測することは困難であるため、本研究ではコインシュランスが炭素強度(温室効果ガス排出量÷売上高)に及ぼす影響を分析した。

実証分析では予備的分析として、多角化ダミーと炭素強度との関係を分析し、多角化ダミーの回帰係数がマイナスであることを確認した。次いで、資金制約の影響に接近するためコインシュランスを説明変数とする分析を行った結果、コインシュランスの係数がマイナスで有意であるという分析結果を得た。

但し、この結果を仮説を支持するエビデンスとして解釈できるかどうかについては留意が必要である。炭素強度が高い企業は炭素強度が低い事業への進出を試みる可能性があるし、経営の長期志向などの変数が多角化、炭素強度、双方に影響する可能性があるからである。このような問題に対し、本研究では以下のように主にリサーチデザインの工夫により仮説の因果関係に接近した。

1)サンプルを分析期間を通じて多角化企業であり続けた企業に絞って同様の分析を行った。これらの会社では分析期間中における多角化戦略の変更が小さいと考えられ因果関係の問題による影響が小さいと考えられる。分析結果は仮説と整合的なものであった。

2)サンプルを炭素強度が高い産業、低い産業に分けた分析を行った。炭素強度が高い産業では脱炭素に向けた設備投資や研究開発投資が多額になり資金制約に直面しやすい一方、炭素強度が低い産業ではそのような資金制約が発生しにくいと考えられる。分析の結果、前者においてのみ、コインシュランスが炭素強度を低下させる可能性が示唆された。

3)コインシュランスと炭素強度との関係がパリ協定後にどのように変化したかを分析した。パリ協定後は脱炭素投資への需要が高まり、脱炭素投資に関わる資金制約が顕在化しやすいと考えられる。分析結果はこのような解釈と整合的なものであった。

4)従属変数をScope1排出量ベースの排出強度、Scope2排出量ベースの排出強度とする分析を行った。工場における排出量など事業活動による直接排出量であるScope1は削減のために大規模な設備投資が必要になる一方、電力などエネルギー消費に起因する排出量であるScope2排出量削減は電力購入先を変更することにより達成可能である(大規模な投資を必要としない)。コインシュランスの係数はScope1排出量を対象とした分析においてのみ有意であった。この結果は、コインシュランスが炭素強度を低下させる経路として金融制約の緩和が重要である可能性を改めて示している。

また、我々は2段階最小二乗法やセレクションモデルを用いた分析も行い、同様の傾向を確認した。

図:本研究の主な分析結果
図:本研究の主な分析結果

本研究の結果は、コインシュランスが高い多角化、つまり事業セグメントのキャッシュフロー間の相関が低くなるような多角化が脱炭素投資の資金制約を低下させる可能性を示唆している。今後、脱炭素への投資需要が高まっていくとすれば、そのような多角化戦略の重要性が高まる可能性がある。また、炭素リスクが株式の評価に反映されているとの近年の研究の結果を踏まえると、そのような多角化が投資家からの評価を高める可能性もあろう。