| 執筆者 | 馬 岩(神戸大学)/蓬田 守弘(上智大学) |
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| 研究プロジェクト | 日本の気候変動対策の総合的研究:GX, EU国境炭素調整と米国の気候変動政策 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「日本の気候変動対策の総合的研究:GX, EU国境炭素調整と米国の気候変動政策」プロジェクト
カーボンプライシングを採用する国が増えている。ただし、その水準には国々の間で大きな隔たりがある。世界銀行によると、欧州連合(European Union, EU)の排出量取引制度では、2025年の排出枠価格は70米ドルだったが、中国の排出量取引制度では12米ドルであった。カーボンプライスの国際格差によりカーボンリーケージのリスクが上昇することが懸念されている。炭素税や排出量取引制度を強化した国では、炭素費用の負担を回避する目的で、炭素集約的な財の生産が国内から規制の緩い外国へ移転する可能性が高まる。国境を越えた炭素集約的産業の移転はカーボンリーケージを引き起こす。炭素リーケージにより規制の緩い国での温室効果ガス排出量が拡大すると、カーボンプライシングを強化した国の削減努力が無駄になってしまう。このことから、炭素リーケージの抑制はカーボンプライシングを強化したい国にとって重要な課題となる。
炭素リーケージ対策として注目されるのが国境炭素調整措置である。2026年1月より、EUは排出量取引制度の強化による炭素リーケージを抑制するため、炭素国境調整措置(Carbon Border Adjustment Mechanism, CBAM)の適用を開始した。CBAMの対象となるのは、炭素リーケージのリスクが高いとされる鉄鋼、アルミ、セメント、肥料などの炭素集約的産業である。EU CBAMでは域外国から輸入するCBAM対象財に炭素関税が課される。炭素関税の水準はEUと域外国とのカーボンプライスの差に応じて決まるため、域外国で課されるカーボンプライスがEUよりも低いほど、より高い炭素関税が課されることになる。
本稿では国際貿易理論を応用して、炭素関税が炭素リーケージを抑制できるか否かを検討した。カーボンプライシングとして炭素税に着目し、先進国の企業が炭素税負担を回避するため、炭素税率の低い途上国へ生産拠点を移転させることによってカーボンリーケージが生じる状況を想定した。主要な結果として、先進国の炭素関税が途上国への炭素リーケージを抑制できるか否かは、先進国と途上国の企業間における炭素集約度(生産量1単位あたりのCO2排出量)の差に応じて決まることが示された。
炭素関税には、先進国の企業が炭素税負担の回避を意図して途上国へ生産拠点を移転させる動機を抑制する効果がある。途上国で生産した財を先進国へ輸出する際に、先進国の炭素税と同等の炭素関税が課されるからだ。他方で炭素関税にはそれとは逆の効果もある。炭素関税のもとでは、先進国と途上国の企業はともに同等の炭素税に直面する。先進国の企業は途上国の企業に比べて低炭素な技術を使用することから、炭素関税には先進国の企業の競争力を相対的に高める効果がある。競争力が高まった先進国の企業は途上国への生産移転からより大きな利益を得るため、炭素関税には先進国の企業による途上国への生産移転を促進する効果もある。
このように、炭素関税には途上国への生産移転による炭素リーケージを抑制する効果と促進する効果がある。本稿の分析結果から、抑制効果が促進効果を上回るか否かは、先進国と途上国の企業間の炭素集約度の差に応じて決まることがわかった。先進国の炭素関税が途上国への生産移転による炭素リーケージを阻止できるのは、先進国の企業が途上国の企業よりも低炭素な技術を利用し、先進国の企業の炭素集約度が途上国の企業の50%を上回る場合であり、その比率が50%を下回ると炭素関税のもとでも炭素リーケージが生じることを示した。
また、もう一つの結果として、炭素関税が炭素リーケージを抑制するためには、輸入措置である炭素関税に加えて輸出の炭素税還付が必要であることもわかった。先進国の企業が途上国へ輸出する場合、先進国の製品は途上国の製品よりも炭素税の負担が大きいことから途上国市場での競争力が低下する。先進国の企業は途上国市場での競争力を高めるため、途上国へ生産拠点を移転させる可能性がある。途上国への生産拠点の移転による炭素リーケージを阻止するには、途上国からの輸入に炭素関税を課すことに加えて、途上国へ輸出される製品の炭素税負担を途上国の製品と同等の水準まで軽減する措置として炭素税の輸出還付が必要であることを示した。
本稿の分析結果から、EU CBAMおよび日本の排出量取引制度に対して、次のような政策含意を導いた。上記の表は、欧州委員会・共同研究センター報告書(Koolen, D. and Vidovic, D., 2022)を参考にEUと主要貿易国の粗鋼生産1トンあたりのCO2排出量を示したものだ。鉄鋼業の直接排出、使用電力等による間接排出、直接排出と間接排出の総計が示されている。EUと中国を比較すると、直接排出および総排出において、EUの鉄鋼生産における炭素集約度は中国よりも低いが、EUの対中国比率は50%より大きい。また、EUとインドを比較すると、EUよりもインドの方が炭素集約度は高く、EUの対インド比率は50%を下回る。本稿の分析結果をもとにすると、EUの炭素関税は対中国では鉄鋼生産の中国への移転によるリーケージ・リスクを軽減できるが、対インドでは軽減できない可能性がある。また本稿では、リーケージを防止するには、炭素関税だけでなく輸出の炭素税還付も必要であることを示した。現行のEU CBAMには輸出措置は含まれていない。したがって、EU CBAMのリーケージ抑制力を高めるには、炭素関税のみでなく輸出還付を導入する必要があることが示唆される。
日本は2026年度より排出量取引制度を開始した。現行制度のもとでは炭素関税は課されていないが、リーケージ対策として導入の検討は行われている。上記の表を参照すると、日本の鉄鋼業の炭素集約度は、直接排出および総排出いずれにおいても、中国より若干小さくインドよりもかなり低い。ただし、中国とインドどちらに対しても、日本の炭素集約度の比率は50%を上回っている。本稿の分析結果から、日本のカーボンプライスがインドや中国より高いとき、日本がその差を相殺するような炭素関税を導入すると、中国やインドへの鉄鋼業の生産移転による炭素リーケージ・リスクを軽減できる可能性がある。ただし、炭素関税のリーケージ抑制力を高めるには、輸出還付を同時に実施する必要がある。
- 引用文献
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- Koolen, D. and Vidovic, D. (2022) “Greenhouse Gas Intensities of the EU Steel Industry and Its Trading Partners”, European Commission, Joint Research Centre, doi: 10.2760/170198, JRC129297