ノンテクニカルサマリー

地政学的サプライチェーンショックと企業の経済安全保障政策への需要:日本の製造業企業調査からの知見

執筆者 直井 恵(カリフォルニア大学サンディエゴ校)/伊藤 萬里(リサーチアソシエイト)/神事 直人(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究」プロジェクト

近年、地政学的リスクの上昇に対応して、経済安全保障を目的とした貿易や投資の規制強化が先進諸国で高まっている。併せて、サプライチェーンの多元化や国産化を推進する補助金も各国で採用されており、産業政策が復活の兆しを見せている。通説では、このような規制強化は国益を追求する政府によって主導され、企業、とりわけグローバルに活動する企業にとってコスト増で賛成し難い政策であると考えられてきた。

本論文では、この通説に対し企業が経済安全保障上の規制強化を積極的に支持するデマンドサイドの要因を分析する。とりわけ、地政学的なサプライチェーンのショックに対して、サプライチェーンの再編に関わる企業間の調整費用(coordination cost)が高い企業ほど、政府にサプライチェーン再編の調整役や先導役を求め、規制強化への需要が高まるのではないかという仮説を検証する。データは、重要物資の安定供給(強靭なサプライチェーン)を目的とした政府の規制強化が、企業利益と国益それぞれにとってどのような影響があるかを聞いた独自の日本の製造業企業を対象とした調査と、経済産業省企業活動基本調査のサプライチェーン情報を紐付けて分析した。得られた知見は以下の三点である。

第一に、サプライチェーン強靱化のための規制強化に対して、企業にとってよい影響があるという肯定的な評価が否定的な評価よりも多い。

表1で見られるように、14.6%の企業が、サプライチェーン強靱化のための規制強化が回答企業にとって「よい影響」あるいは「とてもよい影響」があるとし、8.7%が「悪い影響」あるいは「とても悪い影響」があるとしている。経済安全保障を目的とした規制強化に、企業は概ね反対しているのではないかという通説と異なる結果である。一方で、規制強化が国益に与える影響に対する評価はより肯定的であり、「よい影響」あるいは「とてもよい影響」の割合が企業利益に対する評価に比べて、18ポイントも増加している。「どちらとも言えない」と回答している企業の割合は、国益に関する質問への回答で21ポイント減少しており、ここでも企業は規制強化を国益に資するものとしてより肯定的に評価していることが分かる。

第二の知見として、グローバル企業において規制強化への支持がより高い。15.9%のグローバル企業が規制強化は企業利益にとって、「とてもよい」あるいは「よい」影響があると回答しており、これは国内企業の12.1%と比較して3.8ポイント高い。ただし、グローバル企業で規制強化が企業にとって悪いことであるという割合も、国内企業と比較して2ポイント高いことも看過できない。一方で、規制強化の国益にとっての影響の評価になると、グローバル企業は国内企業と比較して9 ポイントも「とてもよい」あるいは「よい」影響があるとの回答が多い。これもグローバル企業は規制強化に反対する傾向にあるという通説と異なる結果である。

表1:サプライチェーン強靱化のための規制強化に対する評価
表1:サプライチェーン強靱化のための規制強化に対する評価
出典:経済産業研究所(2025)「世界情勢の変化と国際事業活動に関する調査」。製造業企業を対象に1,855社から回答を得た。詳細は伊藤・神事・直井(2026)を参照されたい。

第三の知見として、規制強化の企業利益に対する影響の評価を回帰分析でみてみると、サプライチェーンの調整費用が高い、グローバルで複雑な供給網を構築している企業ほど、規制への需要が高い。具体的には、大企業(売上高で測った)と、中国に関連企業を多数持つ企業ほど、強靭なサプライチェーンのための規制強化を肯定的に評価していた。また、規制強化の国益に対する影響の評価を同様に回帰分析でみてみると、製品や材料を輸出あるいは輸入している企業と、中国に関連企業を多数持っている企業で、規制強化は国益にとってよいことであると回答している相関関係が明らかになった。これは北米に多数関連企業を持っている企業ではみられないパターンであった。

これらの結果から得られる政策的示唆は二点挙げられる。第一に、地政学的リスクに対応したサプライチェーンの調整に関して、政府の介入や支援がグローバル企業の一部で期待されている点である。ただし、企業の期待があるという実証データと、政府は規制強化をすべきかという政策論は、安易に結びつけるべきではない。地政学リスク上昇期の市場の失敗・社会的費用の負担を誰が担うべきか、またどのような政策介入が望ましいのかについて、更なる研究が期待されよう。

第二に、中国に多数の関連企業を持つ企業の間で、規制強化への支持が高いが、その要因が関連企業の上流度などの経済的要因によるものなのか、政治的要因によるものなのかについては、更なる分析が求められる。

参考文献
  • 伊藤 萬里・神事 直人・直井 恵(2026)「経済安全保障に対応する企業行動の多面性:製造業企業アンケートに基づく調達先見直し・輸出管理対応・投資見直しに関する実証分析」RIETI Discussion Paper Series 26-J-026
  • 経済産業研究所(2025)「世界情勢の変化と国際事業活動に関する調査」