ノンテクニカルサマリー

事業再生ADRと民事再生の比較分析

執筆者 胥 鵬(法政大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本研究は、準則型裁判外債務整理手続きである事業再生型ADRと民事再生に関する比較分析である。表1に示したように、累損が多いほど、負債比率が低いほど、規模が大きいほど、民事再生よりもADRを選ぶ傾向がみられる。解釈として、累損がADRの債務免除益と相殺する節税枠として用いられる点、負債が著しく高くなければ上場維持のための債務超過解消に必要な債務免除が少なく済むため妥協しやすい点、大企業ほど法的整理に伴う上場廃止を回避し、保有株の価値が完全にゼロになるリスクを回避できるメリットが大きい点が挙げられる。

表1 ADRと民事再生の選択
表1 ADRと民事再生の選択
表1はADRと民事再生の選択に関するProbit分析であり、被説明変数はADR利用=1、民事再生適用申請=0。*、**、***はそれぞれ10%レベル、5%レベル、1%レベルで有意
表2 財務危機前から債務整理後の比較分析
[ 表を拡大 ]
表2 財務危機前から債務整理後の比較分析
表2は、ADR申請また民事再生適用申請3年前からADR申請または民事再生適用申請から3年経過までの企業属性に関する回帰分析結果である。説明変数の債務免除ADR後は債務免除・デッドエクイティスワップを伴うADR申請から一年超経過、繰延返済ADR後は債務免除・デッドエクイティスワップを伴わないリスケだけADR申請後一年超過経過、債務整理後はADR申請または民事再生適用申請一年超経過を表すダミー変数。上記ダミー変数以外に企業ダミーと年ダミーが含まれる。*、**、***はそれぞれ10%レベル、5%レベル、1%レベルで有意

債務整理後の業績を債務危機に陥る前の業績と比較した結果(表2)から、民事再生と比べて、ADR企業は負債比率や累損が低下し、当座比率が増加する。その結果、ADR企業の信用は民事再生ほど毀損しない。また、民事再生企業よりADR企業の資産、雇用と負債の減少幅が小さい。売上高総資産回転率は財務危機前より改善し、営業利益率は財務危機前の水準に回復し、企業間信用の利用の低下は見られない。これらの結果は、業績不振企業がADRを利用して民事再生ほど企業信用の毀損を避けつつ事業再生を試みることを示唆する。

本論文の政策含意は以下のとおりである。まず、企業によって最適な債務再編方法が異なる。ADRと法的整理の棲み分けを理解するには、ADR不成立後に簡易再生を経て昨年チャプター11(米連邦破産法第11条)に基づき再建手続を申請したマレリのケースがよい例である。マレリの二次破綻事業再編に適しているのは、ADRでもなく民事再生法でもなく会社更生法でもなく、米国チャプター11である。この事例は、日本の事業再生法制度の問題点も如実に語っている。民事再生やADRは、非保全金融債務(無担保借入金や担保価値を上回る担保借入金)が債務整理の対象になる簡易債務整理である。事業再生に保全金融債務などのシニア債務や年金債務(例えば、日本航空の会社更生)や福利厚生関連債務(例えば、GMのチャプター11)の権利変更が不可欠な場合には、チャプター11や会社更生法が最も適する。日本の会社更生法の最大な問題点は、煩雑のゆえに時間がかかりすぎて企業価値が毀損する恐れである。パッケージ型チャプター11は、ADRと同様に迅速であり、現にわずか45日間でマレリのオーバービッド(overbid)期間が終了した。

チャプター11は、DIP(Debtor in Possession、債務者占有)融資の確保で企業の生産・販売などの企業活動・運営に影響は及ばないものとして知られ、2000年民事再生法制定や2002年改正会社更生法の手本でもある。1978年米連邦破産法改正直後の80年代の第11条の所要期間は2年ほど長く、適用企業の二次破綻も多かった。また、処理費用が低いと視されていた私的整理企業も債務削減不十分のため二次破綻が多かった。近年、米国の企業再生実務家や裁判所の創意工夫で市場評価を法的手続に取り入れられるようになった。とりわけ、再生価値を最大化する手法として、裁判所の承認を経て、債務や担保権をクリアにした状態で、迅速かつ競争的なオークション方式で事業の一部または全部を売却する363セール(section 363 sale)は、一般的である。チャプター11や363セールの事前に選定された初期の買い手候補(Stalking Horse)の提示額が最低入札価格を少なくとも5%以上上回る必要がある場合が多い。競売で他の買い手に敗れた場合、ストーキング・ホースは資産査定などの調査費用や入札費用などのブレークアップ・フィー(Break-Up Fee)を受け取る。買い手候補者と売却合意を結んだ上で入札を行うことで、最低売却価格を保証し、不当に低い価格での落札を防ぐ効果がある。このように、既存債権者、既存株主や現経営陣に加えて、事業会社、企業再生専門ファンドなどの投資家を広く募って、迅速かつ競争的なオークションで事業価値が決定される。80年代の11条と異なって、関係者は自分が主張する再生価値の対価を支払わなければならない。また、高い資本コストに直面する再生企業が再生型M&Aで資本コストが低減することになる。

パッケージ型簡易再生がADRと同様に迅速だということは、改正産業競争力強化法に基づくマレリのADRからの移行事例で証明済みである。これに加えて、早期再生法(円滑な事業再生を図るための事業者の金融機関等に対する債務の調整の手続等に関する法律)が2026年12月中旬までに施行される予定である。また、2025年4月から東京地裁民事第20部(倒産部)で簡易、迅速な小規模会社更生の運用が開始された。最も重要なことは、これらの施策がいずれも経済的に窮境に陥る恐れがあるまたは事業価値自体は毀損していない、すなわち、支払不能又は債務超過より前の段階の早期円滑な事業再生を目的とする点である。今までは、米国11条企業の平均負債比率(中央値).657(.578)と平均EBITDA/資産合計(利払前・税引前・減価償却前利益率)(中央値)7%(8%)に対して、支払不能又は債務超過に近いADR企業の1.002(.973)と-6.9%(.4%)または民事再生企業の1.032(.973)と-2.8%(1%)となっている。今後、小規模会社更生や早期再生法の運用実施で、素早い解決だけではなく、米国11条企業のように事業価値が大きく毀損していない段階での事業再生の早期着手も大いに期待される。