| 執筆者 | 伊藤 匡(学習院大学) |
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| 研究プロジェクト | 企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究」プロジェクト
1.問題意識:輸出禁止はどこまで効いたのか
ロシアによるウクライナ侵攻後、EUは軍事転用の可能性がある財を中心に大規模な輸出禁止措置を導入した。狙いは、ロシアが兵器生産や軍事活動に必要とする電子部品、精密機器、関連中間財へのアクセスを断つことである。他方で、ロシア向けの直接輸出を止めても、第三国を経由した迂回輸出や、非制裁国による代替供給が広がれば、制裁効果は弱まる。本研究は、この点を国際貿易統計から検証し、EUの輸出規制がどの程度有効であったのか、またどこに政策上の限界があったのかを明らかにする。
2.どのように検証したか
分析には、UN Comtrade のHS6桁貿易データを用い、2019~2024年の変化を追跡した。対象は、EUが禁輸対象としている高優先品目、経済的に重要な品目、デュアルユース品目である。まず、EUからロシア向け輸出が2022年以降にどの程度減少したかを、重力モデルとイベント・スタディで確認した。そのうえで、カスピ海沿岸諸国、中国、インド、トルコなどのロシア友好国・非制裁国への輸出や、これら諸国からロシア向け輸出がどのように変化したかを比較した。さらに、同じHS6品目について「EUから第三国への輸入」と「第三国からロシアへの輸出」を結び付ける追加的な識別戦略を用い、迂回輸出の有無をより直接的に検証した。
3.何が分かったか
第1に、EUからロシアへの直接輸出は、制裁導入後に急減した。推計結果によれば、禁輸対象品目全体で対ロシア輸出は大きく落ち込み、高優先品目では減少幅が特に大きい。すなわち、EUの輸出規制は、少なくとも直接的な取引を抑えるという点では明確な効果を持っていた。
第2に、その一方で、ロシア向け供給そのものが同じ程度に縮小したわけではない。カスピ海沿岸諸国のほか、中国、インド、トルコからロシアへの同種品目の輸出は増加しており(図表1)、とくに2022年以降、ロシアがEU以外の供給先を活用する動きが強まったことが確認される。本文の分析では、この変化の主因は、EUからの輸出が第三国経由でそのまま大量にロシアへ流れたというよりも、非制裁国が代替供給者としてロシア市場で存在感を高めた点にあることが示唆される。
第3に、迂回輸出の可能性をより直接的に調べると、カスピ海沿岸諸国や中国を中心に、EUからの輸入増とロシア向け輸出増が連動する兆候がみられる。ただし、その証拠は限定的であり、推定された効果の大きさも総じて小さい。したがって、本研究の結論は「迂回輸出が全く存在しない」というものではないが、「制裁の実効性を最も大きく損ねたのは大規模な迂回輸出そのものというより、第三国による代替供給の拡大であった」と整理するのが適切である。
4.政策的含意
本研究が示す政策的含意は明確である。第一に、輸出禁止措置は直接輸出の抑制には有効であり、制裁手段として一定の実効性を持つ。他方で、第二に、その効果を維持するには、制裁対象品目を列挙するだけでは不十分であり、高リスクの中継ルートや代替供給国への監視・執行を強化する必要がある。とくに、カスピ海沿岸諸国のような地理的に重要な経路や、中国・インド・トルコのような大規模供給国の役割を継続的に把握しなければ、ロシアは供給源を切り替えることで制裁の影響を相当程度緩和できる。
さらに、政策当局にとって重要なのは、輸出規制の成否を「EUからロシアへの直接輸出が減ったかどうか」だけで判断しないことである。むしろ注視すべきなのは、制裁後にロシア向け供給ネットワーク全体がどのように組み替えられたかである。今後の政策対応としては、第三国経由の高リスク取引のモニタリング、代替供給国との協力強化、執行情報の共有、そして必要に応じた追加的な規制措置が重要になる。輸出規制の実効性は、制裁品目の範囲そのものよりも、サプライチェーン全体を視野に入れた執行能力に大きく左右される。