| 執筆者 | 神事 直人(ファカルティフェロー)/川口 薫喜(京都大学) |
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| 研究プロジェクト | 企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究」プロジェクト
今ではさまざまな経済制裁が他国に政策変更を迫る手段として用いられている。例えば、2022年のロシアによるウクライナ侵攻後、日本や米国、欧州連合を含めて多くの西側諸国がロシアに対して、戦争継続能力を削ぐことを目的として、金融制裁やハイテク製品などの輸出禁止、ロシア産原油の輸入禁止、プーチン大統領をはじめとする個人や団体の海外資産の凍結など、広範かつ非常に強力な経済制裁を科してきている。また、北朝鮮には核・ミサイル開発の阻止を目的として、国連安保理決議に基づく多国間制裁に加えて、日本は米国などと共に独自制裁を科している。その一方で、ロシアが日本を含む西側諸国に対して報復的な制裁を科しているほか、中国が日本産の水産物の輸入を禁止するなど、我が国が制裁の対象となることもある。こうした経済制裁は民間企業の国際展開、とりわけ越境M&A(買収・合併)にどのような影響を与えるだろうか。一見、ある国が他国に何らかの制裁を科せば、制裁国企業は被制裁国におけるM&A活動を控えるように思われるかもしれない。しかし、金融制裁や渡航制限などが相手国で民間企業の活動を行う上での制約を課すとは言え、貿易制裁などとは異なり、直接的にM&Aを制限する制裁が科されるわけではない。むしろ、輸出が禁止されれば、直接投資によって相手国市場に乗り込んでビジネスを行う誘因を高める可能性すら考えられる。
そこで我々は、2006年~2023年の取引レベルのM&Aのデータと、グローバルなレベルで1950年以降の長期にわたって様々な制裁を網羅的にカバーしているデータベースを使うことで、何らかの制裁が制裁国から被制裁国へのM&Aに与える効果を分析した。分析では、制裁が時間差をもって導入される点を考慮して、段階導入型差の差分析(staggered difference-in-differences)の枠組みにおける最新の拡張二元固定効果(ETWFE)推定と呼ばれる手法を用いた。
分析の結果、何らかの制裁が科されると、制裁国から被制裁国に対するM&Aの年間件数は平均して約50%減少することが分かった。さらに、制裁の開始時点から制裁の効果の経年的な変化を見ると、図1(a)に示すように、制裁開始の翌年は制裁国から被制裁国へのM&Aの年間件数を約17%減少させる程度の効果であるのに対して、その後年を追うごとに効果は拡大する傾向が見られ、制裁開始から継続して制裁が科されると、6年後には平均してM&Aの年間件数を約68%も減少させるほどの効果を持つ。
しかし、制裁の効果はどの国がどの国に対してどのような内容の制裁を科すかによって大きく異なると予想される。図1(b)は推定された制裁の効果を制裁の開始年で定義したコホート別に集計した結果を示す。多くのコホートで制裁の効果は負で統計的に有意だが、2022年コホートのように、効果が統計的に有意でない場合も見られるし、符号は同じでも効果の程度としては大きくばらついている(注1)。
以上の分析結果から次のような政策的含意が得られる。まず、何らかの政策目的を達成する手段として経済制裁を科す側としては、制裁の直接的な効果に加えて、制裁を科すことにより、民間企業による相手国への直接投資を抑制する効果が期待できることを我々の分析結果は示唆している。したがって、政策担当者はそのような追加的な効果も計算に入れることが可能である。しかしその一方で、経済制裁が直接投資に与える効果にはかなりのばらつきが見られる。Morgan et al. (2023)などの先行研究が示しているように、経済制裁自体の効果は、制裁を科す主体や目的、手段などによって大きく異なる。例えば、単独ではなく国連決議に基づくか、主要国と連携して科すことで制裁の効果が増すことが知られている。それが直接投資に対する効果にも該当すると予想される。他方、我が国がいずれかの国から制裁を科されることを考えると、制裁そのものの効果に加えて、制裁が対日直接投資を冷え込ませる可能性があることに注意が必要である。制裁の直接投資に対する影響についてより詳細な分析が求められる。
- 脚注
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- ^ 2022年コホートの効果が統計的に有意でない理由として、日本を含む西側諸国の多くが2014年から対露制裁を科しているため、対露制裁のほとんどが2014年コホートに含まれていて、2022年コホートは対露制裁をほとんど反映していないことが挙げられる。
- 参考文献
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- Morgan, T. Clifton, Constantinos Syropoulos, and Yoto V. Yotov. 2023. “Economic sanctions: Evolution, consequences, and challenges.” Journal of Economic Perspectives Vol. 37, No. 1, pp. 3-30.