| 執筆者 | 久野 寛(東京大学)/森脇 大輔(株式会社サイバーエージェント)/竹浪 良寛(株式会社サイバーエージェント) |
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| 研究プロジェクト | 機能するEBPMの実現に向けた総合的研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「機能するEBPMの実現に向けた総合的研究」プロジェクト
共働き世帯にとって、きょうだいが別々の保育所に通う「別所入所」は大きな負担となる。送迎先が複数になるだけではなく、施設ごとに異なる行事・持ち物・連絡方法への対応が加わる。本研究は福島県郡山市の保育所申込データを用いてこの負担を構造推定し、非距離的な負担が月あたり約4.8kmの通所距離に相当することを明らかにした。これはサンプル平均の通所距離(2.26km)の2倍を超える。定性的に「大変だ」と認識されてきた負担を客観指標で初めて定量化した点が本研究の第一の貢献である。
この負担を回避するため、きょうだい同時申込世帯の約7割が「同所でなければ辞退」を選択する。しかし、この選択において実際に入所するには、きょうだい全員分の空きが同一施設に同時に必要となるため、構造的に入所率を引き下げる。2022年には単独申込世帯の入所率68%に対し、同時申込世帯はわずか45%であった。そこで、2024年、郡山市はこうした入所率の格差を是正するためにきょうだい加点を導入した。この加点(同時申込・異年齢:160点、同年齢:200点、在園児あり:160点)は、我々が市の申込データに基づくシミュレーションで設計したものである。
制度変更による厚生の変化を評価するにあたり、きょうだいが同じ施設に通える便益と別々の施設に通う場合の負担(きょうだい補完性)を世帯の選好推定に明示的に組み込んだモデルを構築した。2025年の申込データを用いた反実仮想分析の結果、制度変更は申込者全体の厚生を+6.4%改善した。この改善はきょうだい世帯の大幅な厚生向上(同時申込:+22.9%、在園児あり:+3.2%)に牽引されており、単独申込世帯は実質的にほぼ変化がなかった(0.8%、約5m相当)。この改善の主因は入所率向上だけでなく、きょうだいを同じ保育所に通わせられることによる負担の解消にある。なお、きょうだい補完性を無視した従来型モデルでは同じ制度変更の効果を+4.0%と大幅に過少推計する。
本研究の中心的貢献は、厚生と入所率格差のトレードオフを定量的に可視化した点にある。実際に採用された加点が最適であったかを検討し、厚生と格差の関係を描出するため、同時申込加点と在園児加点の全組み合わせ(各0〜400点)についてシミュレーションを行った。図1は加点の組み合わせごとの平均厚生を示す。厚生を最大化する加点は同時235点・在園児350点であり、制度変更前(Before)比+17.4%と、実際の加点(After:各160点、+6.4%)を大きく上回る。きょうだい世帯は保育所から本質的に高い効用を得ているため、彼らの入所が全体厚生を引き上げた。
しかし、厚生の最大化には入所率格差とのトレードオフがある。図2は各組み合わせを「平均厚生」と「3グループ(単独申込・在園児あり・きょうだい同時申込)間の入所率格差」の平面にプロットしたものである。この「厚生・格差フロンティア」(厚生と入所率格差のトレードオフを描いた曲線)の傾きを推定すると、通所距離100メートル相当の厚生改善ごとに入所率格差が約1.7パーセントポイント拡大することがわかった。社会厚生を最大化する加点は、同時にフロンティア上で格差を最も拡大させる点でもある。
制度変更前は厚生・格差の双方に改善余地がある位置にあり、実際に採用された加点はその余地を活用して厚生・格差フロンティアに近い位置に移動した。一方、厚生最大化を追求すれば格差拡大は不可避であり、どの程度の格差を許容するかは政治的・社会的な価値判断の問題となる。なお、加点の恩恵はきょうだい世帯内部でも均一ではないことも確認された。
本研究が描出した厚生・格差フロンティアは、「加点をどう設定すべきか」という政策決定に定量的なエビデンスを提供する。従来、きょうだい加点は政治的プロセスや慣行で決定されることが多いと思われるが、その決定に伴う厚生や格差の変化が体系的に評価されることは稀であった。本手法(きょうだい補完性を組み込んだ構造推定、反実仮想シミュレーション、厚生・格差フロンティアの可視化)は保育所入所選考に限らず、きょうだい優先措置を持つ世界各国の学校選択制やカップルを割り当てる研修医マッチングに応用可能である。こうした加点の設計にあたっては、本手法のように厚生評価を含むシミュレーションを事前に実施し、厚生と格差のトレードオフを把握した上で政策判断を行うことが重要である。