ノンテクニカルサマリー

地政学リスクと経済安全保障政策に対する企業の政策選好:日本企業を対象とした実験調査からの知見

執筆者 直井 恵(カリフォルニア大学サンディエゴ校)/伊藤 萬里(リサーチアソシエイト)/神事 直人(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究」プロジェクト

本論文では地政学的リスクの上昇に対して、企業は政府にどのような政策対応を求めるのかを、日本の製造業企業を対象にした大規模な実験調査を用いて検証する。実験調査ではサプライチェーン途絶の要因(米国、中国、同盟国、非同盟国、自然災害)とその被害の対象(回答企業、半導体産業、製造業、国民の生活)をランダムに割り振り、企業が政府に求める政策対応を外交交渉による調整、保護主義的な規制強化、調達先の多様化・国産化(デリスキング)を促進する補助金の三択から選択してもらった。また、デリスキングが必要となった場合、企業が負担してもいいと考える willingness-to-pay の閾値を答えてもらった。

得られた知見は、図1にまとめられる。左列には、実験でランダムに割り振られる途絶由来のシナリオ5つを整理し、各シナリオごとに、外交・保護主義・デリスキング補助金の選択割合を0から1までで記した。また統制群(自然災害由来の途絶)での各政策選択の確率と、四つのシナリオ群それぞれにおける政策選択確率との有意差検定を行い、二群の差が有意水準5%レベルであった群をオレンジでハイライトした。被害の対象は狭小であっても広範であっても、統計的に有意な違いは生まれなかったので図1から割愛した。

第一に地政学的な途絶は自然災害由来の途絶と比較してデリスキング補助金への支持が7ポイント低く、外交的な解決への支持が6-8ポイント高いことが明らかになった。地政学的リスクの上昇で企業が多元化・国内回帰や保護主義を指向するという通説とは異なる結果となった。第二に、米中由来の途絶でも、同盟国・非同盟国由来の途絶でも、政策選好に有意な違いは見られず、民主主義国家間であれば安定した関係が維持されるという民主的平和論の予測とは異なる結果となった。第三に中国由来の途絶は、保護主義的な規制強化への支持を2ポイントほど高める効果が見られた。日本企業は政経分離の傾向が地政学的リスクの上昇期においても強いことが明らかになった。

図1:刺激群ごとの政策オプションの選択割合(0<x<1)と有意差検定
図1:刺激群ごとの政策オプションの選択割合(0<x<1)と有意差検定
注:数値は各刺激群における政策選択の割合を示す。より精緻な多項ロジットを用いた分析結果は本文を参照されたい。オレンジでハイライトされたグループは、統制群である自然災害群と比較して、政策選択に統計的に有意な差が有意水準5%レベルであったものである。

実験結果から得られた政策的示唆として、三点挙げられる。第一に、米中両国との対話の継続の重要性である。企業はトランプ関税2.0交渉真っ只中の地政学的リスクの上昇期であっても、外交による調整・協調のオプションを支持している。途絶が中国由来かアメリカ由来かで、企業の政策支持に統計的に有意な差はない。日本企業は、経済利益重視で政治体制や同盟関係に縛られない傾向を継続していくと予想できる。

第二の政策的示唆は、生産の多元化・国産化を推進する補助金の有用性である。 水際規制によって企業の自由を制限する規制と比較して、このような補助金は企業の自由な意思決定を担保できる制度で、企業からの支持が高いことが明らかになった。企業からの支持は、経済安保税と比較しても高い。また、とりわけ勝ち組とされてきたグローバル企業で、同盟国・非同盟国由来の途絶のシナリオへの対応として政府によりコストを負担してほしいという要求が高まることが明らかになった。これは、経済安保推進法によって発足した補助金制度が、これまでBeason and Weinstein (1996) や Cabellero, Hoshi and Kashyap (2008)で取り上げられた衰退産業対象のものでなく、グローバル企業を対象とした補助金であることと整合性がある。補助金の分配が、グローバル経済の勝者に集中していく契機となるかもしれない。

第三に、企業主導で日本が保護主義に転換する可能性についてである。我々の実験結果では、中国由来の途絶のシナリオにおいて(また本文中で議論した多項ロジット分析の結果では非同盟由来の途絶でも)、割合としては少ないものの保護主義への支持が高まることが明らかになった。この保護主義への転換が、果たして政策不確実性への対応であるのか、あるいは価格競争や経済競争に動機づけられたものなのか、更なる分析が望まれる。

参考文献
  • Beason, Richard, and David E. Weinstein. "Growth, economies of scale, and targeting in Japan (1955-1990)." The review of Economics and Statistics (1996): 286-295.
  • Caballero, Ricardo J., Takeo Hoshi, and Anil K. Kashyap. "Zombie lending and depressed restructuring in Japan." American economic review 98.5 (2008): 1943-1977.