| 執筆者 | 川崎 健太郎(東洋大学)/清水 順子(ファカルティフェロー) |
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| 研究プロジェクト | 為替レートと日本経済 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
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「為替レートと日本経済」プロジェクト
AMU(Asian Monetary Unit, アジア通貨単位)はASEAN+3(日中韓)で構成された共通のバスケット通貨である。それぞれの域内通貨がAMUからどれほど乖離しているかを表す乖離指標をRIETIのウェブサイトで公開するようになってから20年が経過したが、この期間に中国をはじめとするアジア諸国の経済は大きく発展し、域内のサプライチェーンが構築され、貿易構造も大きく変化した。本論文では、アジアにおける共通通貨単位となるAMUにおいて、今後どのような観点からバスケット・ウェイトを算出すべきかについて考察した。
AMUのバスケット・ウェイトは、ユーロ導入以前に欧州市場で創出されたECU(欧州通貨単位:ユーロの前身)の計算方法に従い、域内貿易シェアと購買力平価で測ったGDPシェアの算術平均に基づいて算出している。しかし、図1が示す通り、直近のデータでは中国のPPP-GDPシェアは約60%に達し、域内貿易シェアも約30%に上昇した一方、日本のシェアは年々どちらも低下している。周知のとおり、中国の域内貿易量やGDPの増加の背景には、日本や韓国をはじめとする海外多国籍企業のサプライチェーン拡大が寄与している。日本の域内貿易シェアの低下は、日本企業の生産拠点のアジア移転が原因であることを考慮すると、従来のバスケット・ウェイトはアジアの現況を十分に反映しているとは言い難い。
アジアの通貨バスケットを論じる先行研究からも、単なる貿易ウェイトは常に最適とは限らず、各国の通貨政策を考慮すること、貿易で用いられるインボイス通貨を考慮すること、域内のサプライチェーンで垂直貿易が行われている場合には中間財貿易のシェアなどからウェイトを修正すること、さらに貿易フローのみならず資本フローの動きにも注目すべきなどが指摘されている。AMUの目的についても、従来の通貨危機予防として貿易収支の不均衡に対するサーベイランス指標という役割に加えて、域内に拡大したサプライチェーンの安定や域内の資金フローの還流といった新たな観点を加えるのであれば、AMUのバスケット・ウェイトには以下の5つの要素を取り入れることが望ましい。
第一に、各国の金融・資本市場の開放度である。前述の通り、従来のAMUウェイトの計算では中国のシェアは日本を含む他のアジア国を凌駕しているが、周知のとおり人民元がアジアの基軸通貨となっているわけではない。ユーロ導入前のドイツマルクが欧州の基軸となっていた状況と比較すると、その差は現在も中国に残存する資本規制が原因となっていると考えられる。資本の開放度を各国比較できる指標として活用されているChinn Ito Indexを用いて比較した結果、日本、シンガポール、香港が最も開放度が高く、近年大きく改善された韓国と比較して、中国はまだかなり低いことが確認された。
第二に、各国の為替政策である。アジア通貨危機の原因の一つがアジア新興国の多くが事実上のドルペッグ制を採用していたことが指摘されるが、アジア通貨危機後は変動相場制に移行後、徐々にドルの連動性が低下し、通貨バスケット制に移行しつつある。アジア通貨の中で、他のアジア通貨にとって最も連動性が高い通貨は何かについてFrankel &Wei(1994)の回帰モデルによって検証した結果、パンデミック以降は多くのアジア通貨で米ドルとの連動性が低下し、代わりに人民元との連動性が高まっていることが確認された。また、近年の動向として、シンガポールとタイでは、主要通貨(含む日本円)+人民元で構成される通貨バスケット制を実質的に採用していることが確認された。
第三に、域内貿易において、どのような通貨が貿易建値通貨(インボイス通貨)として使われているかである。従来のアジアの域内貿易では第三国通貨の米ドルが最も使われており、そのためには自国通貨を米ドルに連動する為替政策を採用し、外貨準備として米ドルを保有するのがベストであった。しかし、昨今の地政学リスクの高まりとともに、米ドルへの過度の依存から脱却し、域内貿易においてはアジア域内の現地通貨を使おうという取り組み(Local Currency Transaction, LCT)が促進され、徐々に人民元やタイバーツなどの現地通貨建て利用が広まってきた。日本、タイ、韓国、インドネシアは貿易相手国別のインボイス通貨シェアのデータを公表しており、域内貿易における現地通貨の利用状況が観察できる。詳細については本文を参照とされたいが、二か国間の貿易データでは円を含むアジア現地通貨が域内貿易で使われていること、近年はアジア域内貿易におけるアジア現地通貨の割合が徐々に増加していることが確認できた。尚、中国のデータは、貿易取引と資本取引の両方を包含しているので、前述の貿易建値通貨シェアのデータとは対応していないものの、人民元建ての国際収支における受取額シェアは46.2%、支払額シェアは52.2%で、いずれも総額の約半分を占めていると報告されている。
第四に、域内における投資フロー(対内直接投資)である。近年は日本や韓国をはじめとした製造業のサプライチェーン拡大のための投資フローがアジア域内に還流している。UNCTADのデータをもとに域内同士の直接投資フローを検証すると、域内では中国が最も多くの対内直接投資を受け入れており、次いで香港、シンガポールが続いた。域内からの対内直接投資比率が最も高いのはインドネシア(88.2%)、次いでベトナム(74.8%)、中国(72.0%)、タイ(67.1%)である。また、日本からの直接投資のシェアが最も高い国は、タイ(27.1%)、韓国(17.7%)、フィリピン(15.8%)であった。シンガポールは近隣の ASEAN 諸国に多額の FDI を投資しており、その割合が最も高いのはインドネシア(42.4%)、マレーシア(25.4%)、タイ(22.6%)である。このように、域内への対内直接投資フローは、中国、香港、シンガポールを中核として、徐々に増加傾向を示している。
第五に、域内のサプライチェーンや垂直貿易の構造を考慮すると、最終的な付加価値はどの国に帰属するのかという点について考慮する必要がある。従来のAMUのバスケット・ウェイトの要素となっているGDPには、海外支店が海外での事業活動を通じて得た収入など当該国企業が国外から受け取る収入は含まれない。さらに、貿易(取引)額は、サプライチェーンの下流に向かうほど大幅に増加する傾向がある。日本はアジアへの海外生産移転により、輸出(国内生産活動)の減少が生じている一方で、一次所得収支(海外投資や事業活動を通じて得られる利益)が増加している現状を反映することで、ウェイトを補正する必要がある。そこで、アジア域内でやり取りされる第一次所得収支の二国間のデータを収集してみると、域内でプラスの所得収支を計上しているのは日本と韓国のみであり、日本は中国、シンガポール、タイ、インドネシアなどから、韓国は中国やASEAN各国からの第一次所得収支がプラスとなっていることが確認できた。
以上の結果をまとめると、表1のようになる。新しいAMUを構築するのであれば、従来の貿易シェアやGDPだけでなく、各国の為替政策、域内貿易におけるインボイス通貨シェア、域内FDIのシェア、域内一次所得のシェアなどの要素を組み込むことで、一国集中からよりバランスが取れたものになる。今後の課題としては、域内の貿易のみならず、資本フローの動きを捉えることがより重要となってくるため、実務上の観点を重視して各国の資本規制や市場開放度などを示す要素も取り込み、債券市場や株式市場のサイズなどのデータをもとに、金融市場関連データを追加する必要がある。また、本論文では、アジアの生産ネットワークと垂直貿易に関して、第一次所得収支データを用いて代替したが、数値的にバスケット・ウェイトに反映させるためには付加価値貿易の観点や産業連関表を用いて、より包括的なデータを構築することが必要となる。域内のFDIについても、シンガポールや香港はあくまで他国からの中継地というのが実態であることから、元々の出資国はどこなのかもを考慮したデータを構築にも取り組む所存である。