| 執筆者 | 加藤 雅俊(関西学院大学) |
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| 研究プロジェクト | 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト
背景
近年、多くの国で創業を支援する政策やアクセラレーター・プログラムが導入されています。そこでは「リーン・スタートアップ」などの考え方に代表されるように、アイデアを素早く実行に移し、創業プロセスを加速させることが成功の鍵であると強調されがちです。しかし、「早く始めること」がすべての起業家にとって本当に有利に働くのかという点については、これまで十分な検証が行われてきませんでした。
問題提起
経済学(経営学)には「時間圧縮の不経済」という概念があります(Dierickx and Cool, 1989)。これは、本来時間をかけて蓄積すべき知識や人間関係(リソース)を、短期間で無理に揃えようとすると効率が悪くなるという考え方です。本研究では、起業の「スピード」が創業時の企業規模にどのような影響を与えるのか、そしてその影響が起業家の「過去の経験」によってどのように異なるのかを分析しました。
分析方法
日本における新規企業の詳細なデータセットを活用し、創業準備活動の期間と創業時の規模との関係を調査しました。理論的枠組みとして、企業の競争優位は内部のリソースに依存するという「資源ベース論(Resource-based view; RBV)」(Barney, 1991)を採用しています。
分析結果:経験の有無で分かれる「最適なペース」
分析の結果、図が示すように、起業家の過去の経験によって準備期間がもたらす効果が大きく異なることが明らかになりました。
- 経営・業界経験のない起業家の場合(図の右肩上がりの曲線): 創業準備に時間をかけるほど、創業時の企業規模は大きくなる傾向がありました。彼らにとって準備期間は、不足している知識やネットワークを補い、創業後のリスクを軽減するための「リソース蓄積期間」として機能しています。
- 経営・業界経験が豊富な起業家の場合(図の平坦な曲線): 短期間の準備でも、すでに大きな規模での創業を達成していました。彼らは過去のキャリアですでに必要なリソースをストックとして持っているため、創業前の準備をさらに長く続けても、それ以上規模を拡大させる効果(限界収益)はほとんど得られないことがわかりました。
結論と政策への示唆
本研究の結論は、「スピードの重要性は一律ではない」ということです。すでにリソースを持っている経験者にとっては迅速な創業が有効ですが、未経験者にとっては、安易にプロセスを急ぐことはリソース不足のまま市場に出るリスクを高めます。
したがって、政策は一律の加速化を避けるべきであり、個々の起業家のバックグラウンドに合わせた「オーダーメイド型」の支援、すなわち未経験者に対しては十分な準備期間を確保し、着実にリソースを蓄積させるような支援が求められます。
- 参考文献
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- Barney, J., 1991. Firm resources and sustained competitive advantage. Journal of Management, 17, 99–120. https://doi.org/10.1177/014920639101700108.
- Dierickx, I., Cool, K., 1989. Asset stock accumulation and sustainability of competitive advantage. Management Science, 35, 1504–1511. https://doi.org/10.1287/mnsc.35.12.1504.