| 執筆者 | 久保 雄一郎(神戸大学)/本田 朋史(神戸大学)/内田 浩史(神戸大学) |
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| 研究プロジェクト | 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト
本研究は、非上場企業(中小企業)のM&A(合併・買収)取引において、売り手企業が売却条件の設定や買い手企業の選定をどのように行っているか、特に、組織やステークホルダーへの貢献(スチュワードシップ)を意識した行動を採っているか、を検証するものである。M&Aに関する研究は数多いが、ほとんどは上場企業のデータを用いたものであり、必然的に買い手企業による買収行動に焦点を当てたものが多い。しかし、非上場企業、特に規模の小さな中小企業やファミリー企業のM&A取引の場合には、売り手側の意向が強く反映される。本研究は、大手上場M&A仲介会社から提供を受けた信頼できる非上場企業M&Aデータを用い、売り手企業による買い手選択という視点から分析を行った点に大きな貢献がある。
本研究の第一の分析は、売り手企業が提示する売却条件に関するものである。この分析では、取引先との関係の維持、従業員の雇用の継続、社名の存続、という三つの条件に着目し、売り手がこれらを実際に売却条件として設定しているかどうか、という点からスチュワードシップが考慮されているかどうかを明らかにした。その結果(表の行(A)参照)、従業員雇用の継続については約9割の企業が希望条件として設定しており、取引先との関係維持および社名の存続についても約6割の企業が希望条件として掲げていた((1)列)。さらに、ファミリー企業と非ファミリー企業との間でこれらの比率に差があるかどうかも検証したが、取引先との関係維持以外は両者の間に統計的に有意な差は確認されなかった((4)列)。これらの結果は、非上場企業はファミリー企業か否かにかかわらず組織やステークホルダーを重視した売却条件を設定しており、スチュワードシップを考慮していることを示唆している。
第二の分析は、売り手企業がどのような買い手企業を選択するのかに関するものである。スチュワードシップを重視する売手企業は、買い手が売却後の企業を適切に扱うことを重視するため、どのように取り扱われるのかが不確実な、情報を得にくい買い手は選ばないと考えられる。そこで、本研究では情報を得やすい買い手として、同一都道府県内に所在する、同一市区町村内に所在する、同一産業である、ファミリー企業である、という四つの特徴が買い手に見られるかどうかを分析した。その結果によると(表の(B))、買い手が同一都道府県内に所在するM&A取引は全体の約3割、同一市区町村内は約1割、同一産業内での取引は約5割であり、買い手がファミリー企業の取引は約5割であった((1)列)。さらに、こうした傾向にファミリー企業と非ファミリー企業とで差があるかどうかを分析したところ、両者の間で統計的に有意な差は認められなかった((4)列)。これらの結果は、一部の売り手企業は情報の得やすさを意識した取引を行うことができたが、ファミリー企業と非ファミリー企業の間ではその傾向に違いが存在しないことを示している。
以上の結果を合わせると、売り手企業自身のスチュワードシップへの意識は非常に強いものの、最終的な買い手の決定において、その意識が十分反映されているわけではない、と解釈することができる。なお、以上の分析についてはより精緻な回帰分析も行っているが、得られる結論は変わらない。
本研究の結果は、非上場企業のM&Aが、単なる短期的・商業的な株式の取引ではなく、売り手企業の組織の長期的な発展を意図した意思決定であることを示している。すなわち、非上場企業の M&A においては、単なる価格の面での合意ではなく、買い手と売り手が相互に理解し合い、将来的な企業の在り方について合意できるディールが求められているといえる。
得られた結果は、M&A仲介業者の役割に関しても重要な示唆を与える。非上場企業のM&Aにおいては近年、成約件数や短期的な成功報酬を重視し、機会主義的な行動を取る悪質な仲介業者による仲介によって、不適切な買い手に対する売却が行われ、売り手側が損失を被るようなケースが報告されている。本稿の結果は、売り手企業が短期的な取引成立よりも、当該企業の長期的な持続可能性といった点を重視していることを示しており、仲介業者には売り手企業の長期的な成果を考慮したマッチングや仲介行動が求められる。さらには、M&A ディールの成約という成果にのみ基づいて手数料を獲得する従来の仕組みではなく、成約後の買い手・売り手の状況をM&Aの成果として評価し、それを仲介業者の報酬に反映させるような仕組みも必要かもしれない。M&Aは、事業性の高い中小企業が後継者不在によって退出する状況を改善したり、戦略的に企業成長を実現するための重要なツールの一つであり、日本経済全体の成長にも寄与しうるものである。本研究は、詳細なデータを用いた分析を多面的に行い、その結果に基づいてM&Aの有効性を高めるための制度改善や規制の在り方を検討していく必要があることを示している。