ノンテクニカルサマリー

アファーマティブ・アクションは努力を引き出すのか?競艇データによる実証分析

執筆者 WANG Liya(早稲田大学)/北川 梨津(コロンビア大学)/高橋 拓也(早稲田大学)
研究プロジェクト 人的資本投資、経営の役割と生産性
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「人的資本投資、経営の役割と生産性」プロジェクト

アファーマティブ・アクション(Affirmative Action; AA)とは、社会的に不利な立場にある個人や集団の機会を拡大し、平等な競争条件を整えることを目的とする政策や施策を指します。教育や雇用の分野では、代表性や公平性を高めるために導入されることが多いですが、AAが個人の努力や生産性にどのような影響を及ぼすかはまだ議論のあるところです。AAによって競争の激しさが緩和されることで一部の個人の努力インセンティブを低下させる可能性がある一方で、「勝機のなさ」による意欲の喪失を防ぎ、不利な立場にある人々の努力を引き出す効果を持つ可能性も指摘されています。

本研究は、このようなAAの効果に関する議論に対して、自然実験的状況を活用して実証的な証拠を提示するものです。ただし、ここで扱うAAは、政策的に意図されたものではなく、結果として不利な立場にある集団に有利な条件をもたらすいわば「意図せざるAA」です。本研究は、そうした状況が現実の競争環境においてAAと同様の機能を果たしうると考え、その効果を検証します。具体的には、日本の競艇のデータを用い、健康維持の観点から男性選手のみについて最低体重基準が引き上げられたという競争条件の変化が女性選手の努力の水準とハイリスクな航行にどのような影響を与えるかを分析します。競艇は男女が同じレースに出場して競い合う数少ないプロスポーツであり、また、出走組合せが抽選によって決まるため、競争環境の変化が外生的に生じます。この特徴により、競争相手の能力が努力やリスクテイキングな行動に及ぼす因果効果を識別することが可能となります。

まず、図1は男女の能力分布を示しています。ここでの能力とは、ゴール順位データをもとに外的要因を統計的にコントロールして算出した実力指標であり、値が小さい(すなわち一着に近い)ほど能力が高いと解釈されます。図から明らかなように、男性選手の分布は女性選手より左に位置しており、男性選手のほうが全体的に高い能力を有していることが確認できます。こうした状況の下、2020年11月に男性選手の健康維持の観点からルールが改定され、男性選手の最低体重が51kgから52kgに引き上げられました。一方で、女性選手の最低体重は従来の47kgに据え置かれました。体重増加はボートの速度低下を招くため、この変更は男性に不利に働くと考えられます。図2は規制変更前後の体重分布を示したもので、男性選手の分布が右にシフトしている一方、女性選手には変化が見られません。このルール変更は必ずしもAAを目的としたものではありませんが、結果的に女性選手にとって競争条件を改善する「意図せざるAA」として機能したと考えられます。

次に、表1はルール変更が女性選手の努力水準に与えた影響を能力層別に推定した差の差分析の結果です。努力は「スタートタイム」で測定しました。スタートタイムとは、スタートが許可される瞬間から実際にスタートラインを切るまでの時間差を指します。ゼロに近いほど、フライングすれすれまで攻めたタイミングでスタートしていることを意味し、努力の度合いを反映するといえます。分析の結果、規制変更後、中・低能力層の女性選手のスタートタイムは統計的に有意に減少し、努力が増加していることがわかりました。一方で高能力層の女性には大きな変化は見られませんでした。本結果は、AAが高能力層の努力を阻害することはなく、「勝機がない」と感じていた中・低能力層に追加的な努力を促す効果を持つことを示しています。

以上の結果から、本研究は、アファーマティブ・アクション(AA)が単に代表性や公平性を高めるだけでなく、不利な立場にある人々の努力インセンティブを改善し、生産性の向上につながる可能性を示唆しています。これらの知見は、教育における入試制度や企業における昇進・評価の仕組みといった選抜制度の設計、さらには公的奨学金制度や雇用機会均等に関する法令などの公共政策に対して一定の含意を提供するものと思われます。

もっとも、本研究の対象はプロの競艇選手という特殊な環境であり、そこで得られた知見を一般的な職場や教育現場に直接当てはめるには限界があります。競艇は、相対的評価に基づいて個人が競うスポーツであるため、チームワークや組織内での協働が重視される環境における行動とは異なる可能性があります。それでも、本研究は、アファーマティブ・アクション(AA)が効率性を改善しうる一つの経路、すなわち、不利な立場にある個人の努力を高めるメカニズムを明らかにしました。また、相対的な成果に基づいて競争が行われる場面は、入試、採用、昇進、奨学金や助成金の選抜など、教育や労働市場をはじめ多くの分野に存在しています。その意味で、本研究の知見は、こうした競争環境における選抜制度や公共政策の設計に対して広い示唆を与えるものと考えられます。

図1:選手の能力分布
図1:選手の能力分布
図2:最低体重ルール変更前後の体重分布(男女別)
図2:最低体重ルール変更前後の体重分布(男女別)
(※)最低体重以下の場合、レース時に重りをつけて調整する。
表1:女性選手の努力(スタートタイム[秒])に対するAAの効果の推定結果(差の差分析)
表1:女性選手の努力(スタートタイム[秒])に対するAAの効果の推定結果(差の差分析)